2007年 12月 18日 (火) 

       

■  〈賢治の歌〉963 望月善次 岩手山いただきを吹雪こめ

 岩手山いたゞきをふゞきこめたれば
  谷は天へとつらなるごとし
 
  〔現代語訳〕岩手山は、その山頂に吹雪がありますので、谷は(その吹雪の部分を通して)天につながっているようです。

  〔評釈〕「大正十年四月」〔「歌稿〔B〕」〕の末尾に加えられたものも含めて五十二首中の五十一首目の「811b歌」。末尾歌三首の二首目でもある。「こめる(込・籠める)」は、「狭い所にすきまもなく詰まる。集中する。」〔『岩波古語辞典』〕が原義であるが、ここでは「そこに在る」程度の意味だと受け取った。「岩手山VSこめたれば」には、岩手山に意思を持たせた結合比喩的用法。「谷が天へとつらなるごとし」と「ごとし」を用いた比喩表現をとっているから、話者も「谷」が「空に」連なっていないことは十分に知っているわけである。しかし、感覚的には「天へとつらなる」という感覚は実在する。この実在に根拠を与えるのが「たれば」である。その軽い論理性が文学の方法でもある。

(盛岡大学学長)

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