■ 〈岩手の粉食文化を代表・ひっつみ〉3 大谷洋樹 「ぬくもりも家庭の味も」
|
郷土料理の店ではひっつみは影の薄い存在だ。地元の人たちはわざわざ郷土料理の店などでひっつみを食べないが、観光客らからは「岩手らしい料理がなにかないだろうかと注文がある」と話すのは盛岡市大通の本家南部百姓家の主人。同店は県外客が8割。ひっつみも県外客の需要が多いようだが、メニューにはとりたててアピールされていない。
盛岡ではひっつみを売り物にする店はほとんどない。盛岡駅の商業施設「フェザン」地下の「ひっつみ庵」は数少ない店のひとつ。日本料理の料亭「田中」の姉妹店だ。田中ではコース料理にひっつみを出している。ひっつみ庵のひっつみは680円。
命はだし汁という。下北や津軽で細々と生産している焼干で、新鮮ないわしを炭火で焼き、天日で干したものを使う。主人の奥さんが最初に里帰りした際、実家の津軽からのみやげがそのだし汁だったという。家庭の味が生きる。具はにんじんや鶏肉をいれず、あっさりした味わいだ。
二戸市の南部せんべい製造、岩手屋の「四季の里」で提供するひっつみは生地をゆでずに汁に入れる昔ながらの作り方。薄い生地はだし汁がしみこみ、厚い生地はもちもちと食感がよい。そうした不ぞろいの生地が手作りのよさ。だしは煮干、昆布などで、ベースはしょうゆと酒。具はしいたけ、ねぎなどシンプルだ。
今ブームのせんべい汁に比べると手間がかかるうえ、乾燥したせんべいと違ってひっつみはおいしく食べてもらうには少人数分ずつしか調理できず、大量の調理に向かない。客にいきわたるまでに時間がかかるのを了解してもらわなくてはならない。それでもいいからとどうしてもひっつみを、との団体客の要望もあったという。
ひっつみの収益への貢献度は高くないようだが、根強いファンや一度食べてみたいという客が少なくないようだ。
盛岡市上田の高島屋はこじんまりとした店でひっつみを味わうのにぴったり。県立中央病院近くに店を構え、おしゃれな内装。甘味喫茶だが、定食などがあり、メニューに少し目立つようにひっつみがあった。定食は780円。ごろんと大きめの鶏肉やこんにゃく、ほかにキノコ、ネギ、ニンジン、ゴボウなど定番の素材が入っていた。生地も素朴な味わいで食べ応えがあった。
ひっつみ庵は実は、仙台駅の商業施設「エスパル」地下にある店舗が盛岡よりも先行して昭和53年に開業。店名にひっつみと出し、話題を呼んだ。貧しい時代の食べ物との印象をもつ人も多く、「出店するときはとても恥ずかしかった」と田中紀雄社長は振り返る。しかし「おふくろの味」(田中社長)の象徴であったひっつみをあえて出した。新幹線開業を機にひっつみを出す店が増えたが、近年は郷土料理店の衰退とともに消えていった。単価も安いせいだろうか、ひっつみを岩手の郷土食としてアピールする店は少ない。
しかし、地域固有の食への関心が高まる中、ひっつみを知らない県外客など、潜在的なファンが少なからずあるのではないだろうか。コメが足りなくて仕方なく食べたのではなく、地域の食材を無駄なくおいしく生まれ変わらせた知恵が隠された食文化として、ひっつみをとらえてみたい。どこでもなんでも手に入るファストフードの時代になおそうした食文化が残る素晴らしさに目を向けたい。
(大谷洋樹) |
|
|
|
|
|
|