独楽は今軸かたむけてまはりをり逆らひてこそ父であること
岡井隆
過日、思いもよらない異空間にまぎれこんだ。某大学で行われた「全国大学国語国文学会」に「誰でも聴講できますから」と聞き、気軽に出かけたのだった。ところが会場は、ビシッとダークスーツ姿の学者先生方ばかり。出席者名簿にも「一般」の人はみえないようだ。なんだか「場ちがい」かと落ち着かない心地でいたのだが、なんと、わたしの前の席に歌人の岡井隆先生がいらしてお言葉を賜った。
開会、国文学者の中西進先生のごあいさつで始まり、パネリストとして岡井先生の発表があった。先生は「わたしが招かれる会場は、いつも中高年の女性が多いのに、きょうは実に黒々とした集団で驚いております」と笑われた。現代短歌を支えているのは中高年の女性たち。これからも短歌が存続してゆくとすれば、この女性パワーが大きいと話される。
ご自身、医師としての立場から斎藤茂吉を語られ本日のテーマである「北の再発見」北の風土における文学の独自性を解説された。
なんということ、わたしは前夜、秦恒平さんの長編小説「逆らひてこそ、父」を読み終えたばかり。虚実の間(あわい)の身内観の重さに戦(おのの)いた。その巻頭にこの歌をあげ、「敬愛する岡井隆氏の短歌を小説の題に借りた」とある。昭和57年、釈迢空賞受賞の「禁忌と好色」所収の一首である。
昭和3年生まれの岡井先生の若き父親なりしころは、こま遊びも普通に見られたことだろう。父と子は今、こまを闘わせているとも読める。ひたむきに回って、触れそうで、逆らって、それでも弾き合い、はね返す父の独楽。
白髪白髯(はくぜん)をたくわえられ黒いコーデュロイ風のジャケット姿の岡井先生。バリトンのお声はよく響き、傘寿の方とは思われない。歌壇関係者対象の講演とはまた違った広く深い文学の本流を真正面から見せて頂いたような気分。「父であること」と言(こと)あげする男うたに感銘し、その謦咳(けいがい)に接して、感動をあらたにした一日だった。
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