天つ風雲の通ひ路吹きと ぢよ乙女の姿しばしとど めむ
僧正遍昭
平成20年、戊子(つちのえね)の年が明けた。歳晩、夜をこめて平成の楽の音が響(とよ)もし、元朝詣りの人々のさざめきがひきもきらず、カウントダウンの若者たちが日付の変り目を告げていた。
古く、つつしんで歳徳神を迎えた静けさにはほど遠い現代のお年越しである。離れ住む家族も集まり、久々に顔を合わせためでたさに酔う。
正月の遊びといえば百人一首。私の思いは変わらない。そして、百人一首といえばこの歌。今、私は実に珍しい木札のかるたを手に取っている。今から7年ぐらい前に、ある骨董(こっとう)市で手に入れたものである。材質は朴か桐。巾5センチ、長さ7・5センチ、厚さが8ミリぐらいあり、四すみが丸くなっている。
この木札に書かれてある文字がすばらしい。普通の紙札なら、一首の下の句が活字で書かれているが、これは墨痕鮮やかに勘亭流の文字が躍っている。例えばこの歌の「乙女の姿しばしとどめむ」は「乙女の」の三文字がでんと座り、あとは細く小さい崩し字で判読がむずかしい。百枚すべてこの様式で「志るも」とか「きり立」「人つて」などなど、判じ文のような文字ばかり。立体感があり、ずらりと並べると壮観だ。これは、まだ家族が起きてこない歳旦の私のひそかなる儀式である。
それにしても、どういう経緯で市場に出されたものか。あの時、雑多な古物のかげに無雑作に、ガムテープで修理された箱があり、ふたをあけてみたら腰がぬけるほど驚いた。古びてはいるが実際使われた形跡はみえない。
ものの本によると、むかし樺太ではさかんに木札のかるたが用いられていたという。その供給地は会津若松の下級武士が、下駄屋の残り木で製作したとの説もある。こんなにも一枚ずつ直筆の木札のかるた。元旦の私の儀式も、孫が学校に上ることになったら、ピシッ、パシッと木札を飛ばして取りあいたいものと夢見ている。 |