2008年 1月 6日 (日) 

       

■ 〈賢治の歌〉981 望月善次 いくたびか朽つべかりしを

 いくたびか
  朽つべかりしを
  こよひまた
  千代のためしに
  あはんたのしさ
 
  〔現代語訳〕何度か死にそうになってしまった(私です)のに、今宵(こよい)は、また「千代の模範」に会うことができることが本当に心楽しいことです。

  〔評釈〕母方の祖父宮澤善治の七十七歳の賀に、菊の花に添えて贈った色紙に書かれたものの「260歌」。作は昭和五年。「朽つ」は、「時の経過によって物の盛りが過ぎ、本質的な部分が生命を失って機能を果たさなくなる」〔『岩波古語辞典』〕が原義で、ここでは生命が失われること。主語は明示されていないが、当然のことながら話者自身である。「千代」は、「千年の年月」から「長い歳月」の意味も。「ためし」は、「例」などの意味として使われることが多いが、ここでは「模範」の意。既に文芸の主要ジャンルとはなっていない短歌であり、しかも親族の喜寿の賀というあいさつ歌であるから、文芸的質を問う場所ではないが、「いくたびか/朽つべかりしを」という感慨は、素直に受け取れる。
  (盛岡大学学長)

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