2008年 1月 7日 (月) 

       

■  〈賢治の歌〉982 望月善次 塵点の劫をしすぎて

 塵点の
  劫をし
  過ぎて
  いましこの
  妙のみ法に
  あひまつ
  りしを
 
  〔現代語訳〕「塵点の劫」の長い長い時間を通って、今こそ、ああ、この妙法蓮華教にお会いすることができたのです。

  〔評釈〕「雨ニモマケズ手帳」の裏表紙の鉛筆挿しに挿し込まれていた和紙に書かれていた一首の「257歌」。「塵点の劫」は、「法華経で説く、三千塵点劫(化城喩品第七)と五百塵点劫(如来寿量品第十六)で、どちらも久遠、永遠の時間を意味する」〔『新宮澤賢治語彙辞典』〕。言語的に言えば、「塵」は、悟りの妨げとなる欲。「劫」は「去+力」で「去ろうとするものを力で止めようとする」意。繰り返すようであるが、既に文芸の主要ジャンルである「短歌」の役割は、賢治の中では終わっている。素直な感慨を漏らす器としてのみ「短歌」は在る。長い時間を経て、信ずる御法に会えたという感慨は、その体験のある人にしか分かり難い体験であろうが、その行為と文芸の質との同居は別問題。

(盛岡大学学長)

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