2008年 1月 8日 (火) 

       

■  〈続・岩手の先人とカナダ〉15 菊池孝育 原敬5

 原は朝鮮出発前に「ユニオン炭坑出稼者」問題についても、兵庫県知事宛照会文書を起案していた。原は林薫次官の決済を得て発送するように指示していた。この照会書を読むと、右の案件に対する原の考え方と対応の仕方が理解できる。

  「林外務次官ヨリ周布兵庫縣知事宛/神戸移民會社ヨリ金貨八百弗電報爲替ニテ至急發送ノ取計依頼ノ件/親展送第七一四號/十月六日發遣」の文書である。

  明治25年8月30日付、バンクーバー領事代理報告書に基づき、神戸移民会社に約1千ドルの送金手続きを履行させた。今回さらに追加生活費として800ドルを同会社に送金させるように依頼したものであった。

  これは同報告書の「移民會社ヲシテ電信爲換ニテ十月初旬以降ヲモ支フルニ足ルベキノ金額ヲ送付セシメラレンコトヲ望ム(略)其金額ハ毎月凡米金六百弗」に基づく催告手続きであった。

  原はその金額に200ドルを上乗せして計800ドルを送金させるように起案した。出稼移民の窮状に同情したこともさることながら、神戸移民会社の儲け主義一点張りと、取り締まるべき兵庫県庁の無責任な対応の仕方に我慢がならなかったものであろう。

  移民会社で送金できない場合は「豫テ縣廳ヘ(出稼者が)納付シタル保證金ノ内ヨリ該額支出之取計有之度」とまで言い切っている。兵庫県で責任を持って対処してしかるべきだというのが原の態度であった。

  「送金必要ノ事由ハ(略)貴官御在京之節(鬼頭報告書を)御一覧置候間詳細御承知ノ事ト被存候」と述べ、知らぬとは言わせぬぞ、と強い態度で臨んでいることが伺われる。確かに原は周布知事に東京で面談している。その時「ユニオン炭坑出稼者」問題について鬼頭報告書を示しながら、善後策を協議しているのである。そして文書の末尾に

  「再伸 本文之送金運ビ次第其旨電報ヲ以テ當省ヘ御報告有之度候」と記し、有無を言わせず実行させ、確認しようとしている。

  翌10月7日、外務省は2通目を発送した。

  「林外務次官ヨリ周布兵庫縣知事宛/『ユニオン』炭坑出稼人呼戻シ方移民會社ヘ示諭セシムル件/親展送第七二一號」である。内容は概ね次の通りである。

  この前送金した1千ドルは出稼人の衣食の維持のためであったが、次の800ドルもその後の衣食維持費とのことである。今後も已然(いぜん)として就労の見込みが立ちそうもない。契約上の雇い主である「ダンスミール」氏も当分炭坑再開の見込みがないと言明しているので、「向後果シテ雇口ヲ可得確然ノ見込ハ不相立事ト想像被致候然ルニ前述ノ如ク時々ノ送金ヲ以テ一時ノ急ヲ救イ候様ニ而者到底際限無之其内ニハ出稼人中ニ苦情ヲ可生者必然ニシテ大イニ取締上ニモ關係スベキ懸念有之候間此際可成ハ右之者共本邦ニ呼戻シ候様爲取計候方可然ト存候就テハ右御含ミヲ以テ移民會社江何トカ方法可相立様御示諭相成其模様御報告相成度此段申進候也」

  要は、移民会社を説得して出稼人たちをさっさと帰国させる手配をせよ、でないと金はかかるし、移民取り締まり上も問題が生じる恐れがあるから、ということである。

  ここで疑問が生じることは文書の内容からして、6日付発送の文書と案件は同一であるのに、どうして別便になったのか、ということである。

  出稼人を早期に帰国させるというのが移民課長としての原の方針であった。ところが兵庫県庁の態度は優柔不断であった。神戸から朝鮮出張直前、原は神戸在住の官吏(竹田達3外2名)に、出稼人呼び戻しの件について「(周布))知事承諾せば異議なき旨を示し置きたり」と知事の判断に委ねた形を指示して出発した。しかし知事の態度は煮え切らない。移民課はじりじりしていた。表向きは原の起案になっているが、留守を任された移民課長代理が、原の意を体して、兵庫県知事の決断を迫ったのが実情と推測される。そう考えると6日便との文体の違いもうなずける。

  6日便は簡潔で要を得た文書であったが、この7日便は長々と経緯を記述し、末尾の数行(引用文参照)でやっと用件を述べている。用語、語法とも原の文章とは異なる感がある。それに原であったなら、決してなすはずのない過失を犯している。文書冒頭部の「米國コロンビア州」という行である。本来「加奈陀(カナダ)ブリティッシュ・コロンビア州」と表記すべきである。国名の初歩的誤記である。

  いずれにしても外務省(移民課、バンクーバー領事館)は出稼人の保護、救済の立場で対処しているのに対して、兵庫県はどちらかというと、彼らよりも移民会社の肩を持つきらいがあった。原を苛立たせたのも、兵庫県と移民会社との密接な関係ないしは癒着が垣間見えたからかもしれない。

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします