2008年 1月 9日 (水) 

       

■  〈口ずさむとき〉54 伊藤幸子 「笑顔よき」

 働きて女のなせるはかなごと孫少年に室ひとつ買ふ
  等々力亜紀子

 
  20年ぐらい前にこの歌を所属する歌誌に読んだときは驚いた。たちまち全国規模で「女のなせるはかなごと」が話題になり、わたしなど夢にも及ばぬ世界で、ずいぶんとその年の年賀状の添え書きに使わせてもらったことだった。「わたしもこんな初夢を見たいものです」といったところで夢は夢、彼女の現実の仕事ぶり、行動力のたくましさには常に感心させられてきた。

  山口県は防府市をふるさととして、若く、40日余りの新婚生活の後、ご主人は戦争にとられ戦死。一子を得るも戦後の混乱期、婚家に男児を置き上京。以来、象牙宝飾商の社員として財を成し、また自ら「歌夜叉」とも詠まれる歌道精進の長い歩みを続けてこられた。

  ちょうど寂聴さんや佐藤愛子さん方と同年代。あの世代の方々には「戦争」という確たる芯(しん)の示すパワーがみなぎり、才、財、美はもとより、あらゆる面で圧倒される。

  「関門橋縁どる灯火消えゆけり満珠干珠(まんじゅかんじゅ)に月押し照れり」の歌から第三歌集「満珠干珠」を出されたのが平成5年6月。洋上の源平古戦場にもなった大小の島を模した斬新なブックデザインが目を引いた。

  「笑顔よきが汝(なれ)の取得と言はれ来ていつも笑顔のスナップ残す」と詠まれるように、全国の歌会に参加され、海外にも身軽に出かけられた。血肉を裂かれる思いで別れたお子さんともやがて時がたち、お孫さんにマンションを買ってあげられるまでになった。

  「にこやかな遺影用の写真準備して大歳の夜を安らかにゐる」との心境は傘寿のころであったか。「片手にて広辞苑一巻もてるうち遺歌集の準備はじめおかんか」と、それとなく心づもりをされて平成18年春、それは美しい第四歌集「紅珊瑚」を上梓。今は故郷山口県でお身内に囲まれて豊かな日々をお過ごしの由。「東京都江東区亀戸」の住所で頂いた氏よりの年賀状は30枚を超えている。


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