2008年 1月 9日 (水) 

       

■  〈賢治の歌〉984 望月善次 ようやくに湾に入りたる

 やうやくに湾に入りたる蕩児らの群
  には暮れの水の明滅。
 
  〔現代語訳〕ようやく(宮古)湾に入った「放蕩(ほうとう)児」とも呼ぶべき人々の群に対して、夕暮れの水が明るくなったり暗くなったりしています。

  〔評釈〕大正六年七月二十九日付の保坂嘉内宛書簡〔書簡35〕の短歌六首の三首目。花巻実業人有志による「東海岸視察団」に同行してのもの。若い話者に、大人の実業人の営みについての全般的理解は困難であろうから、表面的には酒などを飲むばかりに見える「視察団」の行動は、その純粋な心には正に「蕩児」であり、「人達」ではなく「群」でしかなかった。しかし、話者の凡庸(ぼんよう)でないところは、その好意的には受け取れない「群」に配するに「(湾の)暮れの水の明滅」をもってしたところ。「群」に同化できなければできないほど、「(湾の)暮れの水の明滅」は、若い心の奥深く印象的に映ったであろう。そうしたところをまとめてみせたところにも、既に短歌定型へのなじみがくっきりと見える。

  (盛岡大学学長)

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