2008年 1月 12日 (土) 

       

■ 〈賢治の歌〉987 望月善次 うす月の天をも仰ぎ

 うす月の天をも仰ぎ太鼓うち井出の
  剣まひわれ見てなかゆ。
 
  〔現代語訳〕微(かす)かな月の光の差す天を仰ぎ、太鼓を打っている伊出の剣舞を見ていると、わたしは、自然に泣けてくるのです。

  〔評釈〕保坂嘉内宛書簡〔大正六年九月三日、書簡40〕の四首中の四首目。「うす月(薄月)」は、光の微かな月で、「朧(おぼろ)月」の呼び名もある。結句「われ見てなかゆ」で、話者の感動が生半可なものでないことは分かるのだが、「われ見てなかゆ」のような強い主観的な語句は、それを支える核心を掴(つか)んだ客観的な表現があってこそ読者の感動を誘い得るのである。しかし、抽出歌における「うす月の天をも仰ぎ太鼓うち」という表現は、一般的なもので、一首全体としては、「われ見てなかゆ」を孤立させており、後年の「原体剣舞連」などには、ジャンルの相違を越えて遙(はる)かに及ばないというのが評者の見解。なお、「剣舞」のうち、伊出(や原体)の剣舞は、少年によって踊られる羽根子剣舞である。

  (盛岡大学学長)

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