■ 〈胡堂の父からの手紙〉146 八重嶋勲 「官庁に採用されることを望むには…」
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■204巻紙 明治39年10月11日付
宛 東京市本郷区第一高等学校寄宿舎朶
寮三、
発 岩手縣紫波郡彦部村
前略明十二日佐比内村久保ノ伯父冨蔵殿ハ忰庄作眼病治療ノ為メ日詰駅発直行列車午后一時四十六分発シニテ出発之筈ニ候、其際林檎壱箱(ミカン箱)金五圓托シ送付致候、
同人上野着京ノ際可相成待受、医院、止宿等総テ周施(旋)シ出来得ル限リ便宜ヲ
与ヘ親切ニ可致候(当方ヨリ庄作ヘモ林
檎仕立様トシテ二三十個位相違シ準備ナリ)、
學校ノ方状況報導可相成候、
伯父帰郷之際ハ不用ナル品物出来得ル限リ依頼スル様ニ可致候、乍毎度他日卒業ノ暁キ官廳ニ採用セラレント欲スルニハ学術ノ優等ト人格高尚ナル人物ニアラザレバ卒先シテ採用セラレザル由ナリ、片時モ勉強ハ怠ラサル様可致候、右用事迄、早々
十月十一日 野村長四郎
野村長一殿
【解説】「前略、明12日、佐比内村の屋号久保の伯父、石杜冨蔵殿は忰庄作の眼病治療のため日詰駅発の直行列車午后1時46分発で出発のはずである。その際にリンゴ1箱(ミカン箱)と、金5円を託してやる。
2人が上野駅に着く際に待ち受けて、医院や宿屋等すべて周旋しできるだけの便宜を与へ親切にするようにせよ。当方から庄作へもリンゴをやるよう、2、30個位準備する。
学校の方の状況を知らせよ。
伯父冨蔵殿が帰る際は不用な品物はできるかぎり依頼するようにせよ。毎度ながら卒業の暁に、官庁に採用されることを望むには学術の優等と人格が高尚な人物でなければ卒先して採用されないとのことであるから、片時も勉強を怠らないようにせよ。右用事まで。早々」という内容。
石杜冨蔵は母方の伯父、忰庄作は長一の従兄弟に当たる。眼病治療のため医療の最先端を求めて上京するところである。しかし残念ながら、結局は失明に至るのであった。
この文面から、父は、長一が卒業の暁には、国家公務員になってほしいと思っていたようである。
長一はこの時、23歳、旧制一高2年生である。
(岩手県歌人クラブ副会長兼事務局長)
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