横向きの達磨がいてはおかしいか
石垣健
「健さんに会うのが怖かった。健さんは六郎の竹馬の友であり、兄貴的な存在だと聞いていたので、『お前はダメだ』と言われるのが怖かったのである。ところが健さんは無類のやさしさで、六郎の女房である私を受け入れてくれたばかりか、川柳という池にもどっぷりとはまって、とうとう第一句集発刊にまで至ったのだ。」
これは秋田県の川柳作家、石垣健さんの句集「竹」に寄せられた時実新子さんの序文である。平成15年4月1日刊、曽我六郎さんの「馬」と共に大変に凝った函(はこ)入りの句集。それも道理、六郎さんは新子さんのご主人であり名編集長として夥(おびただ)しい出版物を手がけてこられた。
ここ一番、まさに竹馬の珠玉集、若竹のみどりの表紙にオレンジ色のみかえしが映える。石垣健さん、秋田県元西馬音内村(現・羽後町)生まれ、同村役場勤続43年を経て退職。新子さんの序文、六郎さんの解説、著者あとがきを備えた一巻。句作十年の中から新子さんの選句にて四百三十句が並んでいる。
さて、「横向きのだるま」の句。平成5年、全国の川柳作家から難関として注目を集めていた「アサヒグラフ」の「川柳新子座」にて初入選、世間をアッと言わせ新子さんの絶賛を浴びられる。
どこにでもあり、誰もが見ているだるまさん。ウーン、横向きねえ…。堂々と、川柳本流、そこに深い思慮をたくわえたユーモアの本質を見せられた。
「神さまに俺だ俺だと鈴を振る」元朝詣り。「自殺率日本一の村で死ぬ」と現実を見すえ、「猛き妻それも天災だと思う」とはいえ「毎日が新しかったなあ妻よ」合わせ鏡の二人と思えば「七十歳未完の夢はまだ続く」。
「世を渡る武器は正調秋田弁」なんもなんもおらが村。西馬音内盆踊りと秋田弁をこよなく愛された新子さんのいない正月も、そろそろ「初づくし」が尽きようしている。
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