夕暮はエルサレムより飛びきたり
桑の木末をうちめぐりたれ。
〔現代語訳〕夕暮は、エルサレムから飛んで来て、桑の木末をめぐっているのです。
〔評釈〕保坂嘉内宛書簡〔大正八年五月二日、書簡145〕に書かれた短歌四首のうちの二首目。「エルサレム」は、キリスト教・イスラム教の聖都にして、しかもアラブ問題のアポリア。「桑の木」は、当時の農村の重要産業であった養蚕において蚕を養うための植物で、その熟した実は食用ともなった。つまり、当時の日本において親しい植物で、賢治作品にもしばしば登場する。「夕暮はVS飛びきたり」及び「夕暮はVSうちめぐりたれ」は、いずれも結合比喩(ひゆ)であり、そうした意味では日常を越えているのであるが、これだけではいかにも作品としての衝撃力は弱い。ここに「エルサレムより」が加わることにより(それは賢治の西欧的なものへの憧=あこが=れも示しているが)一気に「作品」となったのである。
(盛岡大学学長) |