2008年 1月 20日 (日) 

       

■ 〈賢治の歌〉995 望月善次 葉桜のそれとも分かぬ

 葉桜の
  それともわかぬ
  月しろに
  匂ふこゝろは
  かはらざるらん
 
  〔現代語訳〕葉桜の(間から漏れ)それともはっきりとは分からない月光に匂(にお)い立つ心は変わらないものでしょう。

  〔評釈〕『銀行日誌手帳』の七九〜八〇ページに、ほぼ同じ内容が書かれているもの。八〇ページのものは、書き直し等が著しいので、一応七九ページのものによった。『銀行日誌手帳』は、盛岡銀行の昭和四年版のもので、賢治は昭和五年に用いている。「つきしろ(月代)」は「月」の意味。葉桜の間を漏れる月光と、その光に匂い立つ心の取り合わせは、美しいのだが、美し過ぎるところが、落とし穴ともなろう。しかもそれが「匂ふこゝろは/かはらざるらん」というように纏(まと)められるとどうしても、類型化を免れないだろう。昭和五年は賢治が本格的な作歌をやめてから既に久しい。そうしたことも関係あるのだろうが、評者としては、「あの賢治にして」の思いを払拭(ふっしょく)できずにいる、と言えば一番正直な言となる。

  (盛岡大学学長)

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします