2008年 2月 3日 (日) 

       

■ 〈胡堂の父からの手紙〉149 八重嶋勲 他人のための義侠が過ぎると、身に災い

 ■207半紙 明治39年11月29日付

宛 東京市小石川区高田老松町二十八、
               吉田方
発 岩手縣紫波郡彦部村
前畧手紙到着、披見スルニ実ニ悲惨ノ極ニ候、去ル廿六日午後十一時電報到達シ、普通ノ電報ニ異リ定メテ何ニカ異変ノ結果ナラント察シ、同夜金速(策)致シ、翌廿七日午前第八時頃耕次郎学校行ニ諾シ差立候筈、其際第一高等校寄宿舎内野村長一トシテ差出シタル由、或ハ受取方ニ遅延引セシヤト心配致居候、
朗讀スルニ意外ノ出来事ナリ、算□者ノ壱人トシテ最卒先者トナリタルハ位置トイヘ平常懐リ処ノ義挾(侠)心心經過敏ノ性ナルカ故ニ不止得コトヽ推察セリ、且行為上左モアルベキコトヽ被思候、乍併学生ハ修学中喧嘩ニ勝ツタ義挟(侠)ヲ全フスルヲ以テ目的トスルニアラズ、最終ノ勝利ハ学術優等人先ニ立身スルヲ以テ目的トス、今日家内ノ勞苦ハ学生一人ノ為メ身ヲ犠牲ニ供シ財産ノ過半ヲ投尽セリ、此手紙到リタル夜ノ如キハ家内中安眠セシモノナシ、将来共々身ヲ謹ムヘシ、比度ノ挙ニ気後レシ、学問ヲ怠ル様ノ事モ慮リ(レ)アリ、又ハ遠路通学スルニ電車ニテ往復スル如キアツテハ珎(珍)ク上学費モ嵩ムヘク実ニ行先安シラルヽ次第ニ候、家内親戚ハ如斯形状ナラハ他日如何ナル出来事ニ遭遇スルヤモ難斗(計)今ノ処ニ於テ退学セシムル方増ナラン相談致居候、
併シ如此事ハ社會ニ立ツ荒波ニ出テタルトキハ幾回モ有リ勝チノ事ナリ、他人ノ為メ義挾(侠)過クルトキハ其身ニ災へ(ヒ)及フシ又顔ヲモチ(ツ)モノハ他日就職スル場合或ハ何カ故障ノ出来得ル事ニ候得ハ篤ト耆ム方可然、如何ハ喬木ニ風ノ仮令ナラン、
平常ニ学生ノ本分タルヲ脳裡ニ留メ事大小トナク避クル方向然候、
将来ニ就テノ前後速(策)トシテ余人仲裁ヲ入仲直リナシ顔タル人々ト尚一層厚ク親シム様ニ可致候、
学校ハ数人ノ事故是モ多人数否モ多人数ナラン、寄宿舎退去セシヲ或ハ人ノ笑ヲ受クルコトモ可在、平波ニ期シタルトキハ腹(復)宿スルモノ可然、目下ノ処ニ於テハ他出ニ悉ク注意シ決シテ壱人散歩ハ致間敷候、
原君、柴君ト同宿スルハ何ヨリ安心ニ候、佐比内ノ俶(叔)父様ヘモ事情ヲ御話シ疎遠ナキ様可致候、此事柄ニ就テハ皆々心配ノ事ニ候得ハ状況ヲ折節報道可致候、
新聞送付ノ料トシテ八重島(嶋)教師ヨリ貮円送付セラリタリ、是レモ彦部学校講讀員ニ一應挨拶可致候、
前陳ノ事柄ハ返シ(ス)返シ(ス)モ将来ヲ心配ノ事ニ候、当分総テノ挙動ハ原、柴ノ両君ニ相談シ又ハ意見ヲ聞クコトヽ可致候、
彼等ニ恥辱ヲ与ヘラレタルハ実ニ遺憾ノ事ニ候、永ク記臆(憶)ニ止メ彼等ニ打勝ハ卒業後身立テ而シテ勝利ヲ得ンコトヲ遠大ニ期シ、何モカモ余事ヲ打棄テ学術ニ勉強シ上位先輩ノ人ニ撰抜セラルヽヲ希望スルナリ、
舎監、校長、共僚ノ感情ヲ害セザル様当分一件ニ付死シタルモノ口ナシノ如ク装ヘ(ヒ)関係ヲ絶ツ(チ)無苦(垢)ノ学生トシテ勉強可致候、
折返シ目下状況報導アレ、余ハ後便ト申残ス、早々
   十一月廿九日     野村長四郎
    野村長一様
 
  【解説】「前略、手紙到着、開いて見るに実に悲惨の極みである。去る26日午後11時電報がきて、普通の電報と違いきっと何か異変があったのだろうと察し、同夜金策し、翌27日午前8時頃、耕次郎(長一の弟)の学校行きに託し、差し立てさせたはず。その際第一高等校寄宿舎内、野村長一として差し出したとのこと、あるいは受け取りが遅延したのではないかと心配している。

  朗読するに意外の出来事である。算□者の1人として最卒先者となったのは、立場とはいえ、常から懐く義侠心、神経過敏の性質からであり、やむを得ないことであったろうと推察した。かつ、ゆきがかり上、そうであったことと思われる。

  しかしながら学生は修学中にけんかに勝つなどという義侠を目的とするものではない。最終の勝利は学術優等で人より先に立身をすることが目的である。今日、家族の労苦は学生一人のため身を犠牲にし、財産の過半を投げ尽くした。この手紙が着いた夜は家内中安眠した者がなかった。将来ともども身を謹むべし。

  このたびのことに気後れし、学問を怠るようなことがあってはと恐れている。また、遠路通学には電車を使うようなことであれば、学費もかさむだろう。実に先行き安じられる。家族親戚は、このような状態では、後でどのようなことに遭遇するかも分からないので、今退学させた方がましではないかと相談している。

  しかし、このようなことは社会の荒波に出たときは幾回もありがちなことである。他人のための義侠が過ぎると、その身に災いが及ぶし、また、そのような顔をもつ者は、他日就職する場合、なにかと支障があるものであるから特と慎むようにせよ。如何(いかん)は喬木に風の例えならん。

  平常から学生の本分を脳裡にとどめ、事の大小にかかわらず、このようなことは避ける方がよい。

  将来についての前後策として、だれか余人の仲裁を入れ仲直りをし、その人々となお一層親しくするようにすべし。

  学校は数人のことゆえ、いや多人数であろう。寄宿舎を退去したことを、あるいは人から笑われることもあるだろう。平波に落ち着いたときは復宿する者があるだろう。目下のところは外出には、十分注意し、決して一人での散歩はしないようにせよ。

  原抱琴君、柴浅茅君と同宿するのは何より安心である。佐比内の叔父様へも事情をお話し疎遠のないようにするべし。この事柄については皆々心配しているので状況を折節知らせるようにせよ。

  新聞送付料として八重嶋茂教師から2円いただいたものを送付。これも彦部尋常小学校図書縦覧所の講読員に一応あいさつをするようにせよ。

  前陳の事柄は返す返すも将来が心配なことである。当分すべての挙動は原、柴の両君に相談し、または意見を聞くようにするべし。

  彼らに恥辱を与えられたことは実に遺憾なことである。これを永く記憶にとどめ、彼らに打ち勝つには、卒業後身を立てて勝利を得んことを遠大に考え、何もかも余事を打ち捨て、学術の勉強して上位となり、先輩の人に撰抜されるようになることを希望する。

  舎監、校長、同僚の感情を害しないように、当分この一件に付き死したる者口なしの如く装い、関係を絶ち無垢(むく)の学生として勉強するべし。

  折り返し目下の状況を知らせよ。余は後便に申し残す、早々」という内容。

  この文面からは具体的に分からないが、「旧制一高寄宿舎朶寮三」において、長一か、あるいは同寮の者が、恥辱を受けて大げんかとなり、多人数が寄宿舎を退舎した事件があったらしい。

  長一は持ち前の義侠心で最率先して立ち向かった様子である。舎監や校長の知るところの事件となったものであろう。父をはじめ家族の心配はいかほどだったであろうか。

  しかし、転居先は小石川区高田老松町28番地吉田方で、原抱琴(原敬のおい)、柴浅茅(後の最高裁判所判事)と同宿であることに、父は安心しているのである。

(岩手県歌人クラブ副会長兼事務局長)

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