2008年 2月 5日 (火) 

       

■  〈続・岩手の先人とカナダ〉17 菊池孝育 原敬7

 外務省が発したバンクーバー領事館宛照会書は「十一月七日 原移民課長ヨリ晩香坡在勤鬼頭領事代理宛/岡本貞外壹名ノ性行事實取調ノ件」である。短い内容なので全文を紹介する。

  「在英領『コロンビヤ』洲『ビクトリヤ』『ペルリ』街廿二番地居住廣島縣佐伯郡五海市村岡本貞及ヒ同所居住東京府本所區東兩國元町上原金藏ナル者今般同領地居住英國人『ユー・シー・ホール』ト契約ノ上本邦勞働者四拾五人乃至五十人募集ノ爲メ廣島縣民大下瀧藏ナル者ヲ同縣下ニ派出シ右兩人ノ名儀ヲ以テ其筋ヘ渡航證明及出願候處右兩人等之性行事實判然不致候ニ付渡航證明難相成ハ勿論取締上差支候間其事實及ヒ兩人等ノ性行取調方之件ニ付今般鍋島廣島縣知事ヨリ照會有之候條精々御調査至急何分之御囘答相成度此段及照會候也」

  原らしい簡潔で要を得た照会書である。そして追伸を次のように付している。

  「追テ本件ニ關シ當課ノ請求ニ應シ今般廣島縣ニ於テ大下某ニ就キ一應取糺シタル事項并ニ英國人『ホール』トノ契約書寫今囘同縣知事ヨリ到來致候ニ付別紙寫二通致添送候間御參査相成度候也」

  広島県の調査結果は、大下瀧藏の申し立てに基づき、岡本、上原、英国人ホール等の関係者は、みな信頼できる人物となっている。いわば大下の言い分をうのみにして外務省に回答してきたのである。

  原はこの回答書を信用できなかった。そこで別紙写しとして添付して「廣島縣ニ於テ大下某ニ就キ一應取糺シタル事項」であるが、信頼性に乏しいと考えるので「精々御調査至急何分之御囘答相成度」の文言となるのである。

  バンクーバー宛照会書の発送から1週間経って、東京府知事からの回答書を受け取った。

  「十一月十四日 富田東京府知事ヨリ原移民課長宛/上原金藏身元調査書移牒ノ件」である。この回答書には「附屬書 本所區長及日本橋區長調書」が添付されている。つまり実際の調査に当たったのは両区長であった。

  まず本所区長によると、本所区元町には上原金藏なる人物は存在しないが、明治20年頃、元町の洋酒商吉村某方に日本橋区蛎殻町を本籍とする上原來道なる者が一時寄留していた。金藏は來道の関係者と推定されるので、日本橋区を調査してみてはいかがか、となっている。

  そこで東京府の指示に基づき、日本橋区長が調査した。その結果、上原來道は蛎殻町に確かに居住していて、弟周藏なる者(安政元年生)が調査対象の上原金藏らしい、となった。來道による「御訊問ニ付御請書」が添付されている。内容は次の通りである。

  「私弟上原周藏儀明治五年十二月中神奈川縣横濱ニ於テ英吉利藏船ニ乘船明治六年中横濱ヲ出港其後何國エ渡航致シ候哉音信無之然ル處」、ほぼ11年後に米国から日本橋区住吉町の友人に来信があった。その後、行き方知れずになっている。

  周藏の職業については「周藏儀ハ渡航前幼年ニ付何業ト定マリタル儀無之」と述べているが、周藏は明治5年頃は19歳か20歳で既に立派な成人に達していたはずである。「渡航前幼年ニ付」の言い訳は成り立たない。御上への上申ということに、來道は必要以上に警戒心を抱いていた感がある。

  次に「當地ニ罷在候節ト雖トモ犯罪ハ勿論不都合之件無之者ニ御座候」と述べ、性行についても、ひたすら周藏をかばう様子が伺える。「今般同人身分ニ付御訊問ニ相成依テ此段御請申上候也」と結んでいる。

  以上のことから上原金藏なる者は上原周藏に間違いない。何らかの理由で「金藏」なる俗称を用いていた。縁起の良さから「金藏」を用いたものか。後にバンクーバー領事からの調査報告で判明することになるが、「金藏」(かねぐら)どころか、その日の糧にも欠く文無しに陥っていたのである。

  明治20年代の北米の小都市には、岡本、上原の類の日本人がわんさとおり、「大陸浪人」を自称していた。自分で汗して働くことを嫌い、三百代言やブローカーまがいの周旋業で糊口をしのいでいた。

  この頃からカナダ、アメリカ合衆国とも、この種の流入移民を極度に警戒するようになり、やがては日本人移民の制限と排斥に動き出す端緒となるのである。

  明治24年にはサンフランシスコ税関長による日本人上陸拒否、米国移民条例改訂による貧困移民入国拒否問題等が生じた。そしてカナダでは明治25年に「漁労ライセンス」は英国臣民(カナダ国籍所有者)にのみ発給されることになり、日本人季節漁労者は実質的に排除されることになった。

  従って季節漁労者は市民権取得の為、定住を余儀なくされた。つまり日本人漁労者は、出稼ぎ型から現地への同化、定住型に変貌せざるを得なくなったのである。

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