賜(たまもの)のバレンタインのチョコレート鞄にあれば弾む思ひす
平松茂男
かつては2月といえば節分、豆まき、立春が代表的な季語だった。もちろん今も二十四節気に変わりはないけれど、バレンタインデーの関心比重は年々大きくなるばかり。デパートや商店街では歳末商戦が終わると、初売りにかぶせて早々とチョコレートコーナーが目を引き、節分の豆を押しのけたかにみえた。
「チョコレート召し上れとぞ送り来ぬ赤きリボンに飾れる小箱」とともに嬉(うれ)しく頬(ほお)を緩める作者。
大正10年、大分在住の大御所である。現役男性方だと、本命だとか義理だとか、もらった側もお返しの心配などあって、奥様方も心をわずらわせるようだ。
わたしは昔いただいたホワイトデーのお返しが忘れられない。山陰地方の写真家の方に、子供だましのようなハートのチョコを送ったのだが、後日、小さな宅配便が届いた。それはホワイトデーにふさわしく、真っ白いヤブツバキのつぼみの切り枝に、凝った和紙の結び文が添えられてあり感銘した。
この花は次々と咲き、園芸専門の同級生が珍しがって持ち帰り挿し木したら根付いて、またわたしに里帰りしたこともなつかしい。もちろん彼には、本命バレンタインのお返しなどと告げてはいない。長く生きていれば人生こんなおまけの楽しみも増える。
「戦争を体験としてこころふかくとどめゐるもの少数なりや」平松さんの青春は戦地にあり、「過ぎにける景なれど夕の椰子(やし)林に舞ひゐし鸚鵡(おうむ)わが内に生く」「月の差す密林のなかあざやかに彩り描きし老画家ルソー」とも詠まれる。「〈銃を執るな〉兵われ老いて九条の危ふき時にあひし思ひぞ」とは昨年10月の作。
ホワイトデーの品を用意してくれる奥様はすでに亡いけれど「思ひつつ汗垂り歩むいまわれを軸として睦ぶ六人の家族」と詠まれる安らぎにおられる。「壺(つぼ)の焼酎(さけ)汲みし柄杓(ひしゃく)に口つけて飲めばたちまち口中熱し」黒潮の国、火の国のますらおの歌に酔っている。
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