■ 山屋経塚出土品を県指定文化財に 波状文四耳壷や経箱木片も
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山屋1号経塚波状文壺 |
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県文化財保護審議会(工藤雅樹会長)は8日開かれ、平安時代末期の経塚出土品など新たに4件を県文化財に指定するよう答申した。経塚出土品はいずれも正式に発掘調査が行われた数少ない遺跡から出土したもので学術的に価値が高い。奥州藤原氏時代の宗教観や平泉文化が他地域に及ぼした影響、流通経済を知る上でも貴重な資料という。また県有形民俗文化財の「二戸地方の漆蝋(うるしろう)関係資料」へ新たな資料71点を追加することも合わせて答申した。県指定文化財は累計で345件となる。
新規に文化財指定が答申されたのは、北上市立埋蔵文化財センター所有の「南部工業団地内遺跡出土品−陶器つぼ1個、銅造男神立像(どうぞうだんしんりゅうぞう)1体」、「上須々孫館経塚出土品−陶器つぼ4個、鉄磬(てっけい)1面、墨書礫(ぼくしょれき)1個」、県立博物館所有の「山屋館経塚出土品−陶器つぼ2個、蓋石(ふたいし)1個、木箱残欠一括)」、岩泉町の旧家に伝わり現在は県立博物館が所有している「紫根染 八重樫家関係資料−20点」。
このうち山屋舘経塚は紫波町山屋にあり95年に発掘調査が行われた。経塚は、平安時代後期、末法思想(仏教が衰え、乱れた世の中が来るとの思想)の広がりを受け、経典を後世に残し平安を祈る意味を込め、写経などを地中に埋めたもの。
陶器つぼは経典を納めていたもので今回、文化財指定される須恵器系陶器波状文四耳壺(すえきけいとうきはじょうもんしじこ)は器高24・5センチ、胴部最大径19・8センチ。12世紀後半期のものとみられる。常滑三筋壺(とこなめさんきんこ)は推定器高26センチ、最大径22・8センチ。12世紀中葉のものとみられ、蓋石は、このつぼの口縁部を覆うようにして出土した。
木箱残欠は経箱の一部と考えられ、木片の付着した銅板や木釘が打たれた木片なども見つかった。経箱の木片の出土例は少なく貴重な資料という。
一方、紫根染の八重樫家関係資料は、岩泉町の八重樫家に伝承されてきた江戸から昭和期にかけての染色用具や染織品。ひしゃくや彫り鉢といった用具のほか本染めの糸や反物、着物、1825年(文政8年)の「縞染見立帳」、技法・由来を解説した「岩泉紫根染」などの文献もあり、日本古来の染織技法を考察する上で貴重な資料だ。
同家には先媒染によって糸を染め、他の植物染めの色糸を用いて縞柄を織り出す方法が伝えられ、養蚕、糸紡ぎ、染色、機織りなどを一人の手で一貫して行われていた。1959年には紫根染が県無形文化財に指定され、その保持者として八重樫フキさんとフジさんが認定されたが、2人が亡くなり指定は解除されている。1978年には文化庁によって無形文化財としての記録の作成も行われた。
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