毛虫焼く、まひるの火立つ、これや
この、秩父寄居のましろき、そらに。
〔現代語訳〕毛虫を焼く真昼の火が立っています。ああ、この秩父寄居の(晴れ渡った)真っ白な空に。
〔評釈〕『校友会会報』第三十二号A、全二十九首中の二十三首目。大正五年七月末に「独逸語夏季講習会」(東京独逸学院)受講のため上京していた賢治は、九月二日には、そのまま、関豊太郎教授引率の農学科二部、林科の秩父・長瀞・三峰地方への「土性地質調査見学」に参加する。作品としては「これやこの」の使い方に注目した。「これやこの(此や此の)」は、「和歌用語」とされるもので、「これがまあ、ここがまあ」等の意で、百人一首の「此や此の行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関」(蝉丸/元の『後撰集』(雑一)では、第三句は「別れつつ」)を思い浮かべる各位もあろう。厳密に言えば誤用とも言えるが、こうした語句を組み込み得たところに賢治の短歌的技量も見える。
(盛岡大学学長)
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