■ 〈胡堂の父からのてがみ〉150 八重嶋勲 一高時代の発火演習で事件か
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■208巻紙 明治39年12月1日付
宛 東京市小石川区高田老松町二十八番
地吉田方
発 岩手縣紫波郡彦部村
前略目下状況如何ナルカ、家内ノモノ心傷痛大方ナラス、二、三夜ノ如キハ安眠セザルモノモアリ、未タ果シテ危倹(険)ノコトモ有之候ハ、寧ロ帰郷セシムル方可然トノ意見モアリ、実ニ意外ノ災害ナリ、書生界ニ流行スル襲激(撃)又ハ決闘状送ラルヽ等ノ事有之候テハ無法ノ事ニ候、若シ然ル場合ハ警察ノ保護ヲ受ケ安全ヲ図ルベシ、拾七円ニ弐十円ノ受領セシナラ至急回報スベシ、右用事迄、早々
十二月一日 野村長四郎
野村長一殿
【解説】「前略目下の状況はどうなっているのか。家族の心傷は並大抵でない。2、3夜は安眠した者がない。いまだに危険なことがあるようであれば、むしろ帰郷させた方がよいのではないかという意見がある。実に意外の災難である。書生界に流行している襲撃、または決闘状が送られるなどのことがあっては大変である。もしそのようなことがあれば警察の保護を受けて安全を図るべし。17円に20円の受領をしたなら至急知らせよ。右用事まで、早々」という内容。
前便は11月29日付け。2日後のこの手紙である。長一からまだ詳しいことが報告されていないらしい。
長一から、電報で17円至急送って欲しい、との要求に対し、20円を送金。金策困難の折柄、緊急事態なので要求より多く送金したのであろう。親心である。
前の手紙明治39年11月29日付けの解説の中で、「旧制一高寄宿舎朶寮三で何らかの事件があったらしいが、この手紙の文面では具体的には分からない」と書いたところ、野村胡堂を学問的に徹底研究しておられる外崎菊敏氏から先夜電話があり、同氏著『野村胡堂・あらえびすの研究−胡堂の人間形成と自己実現』(1999年3月31日発行)にその事件と思われることを記載しているので、参考までお知らせする、ということであった。
早速拝見したところ、手紙の内容はどうもその事件のように思われる。今回の手紙も前の手紙に引き続いた深刻な内容である。外崎氏のご好意に感謝し、極めて大事なことであるので、その部分を次に掲げさせていただく。
「(前略)胡堂の平和主義は、一高時代の発火演習に起きた事件に芽生えたと言う。富士山麓での演習で、胡堂が小隊長として指揮をとっていた。他の組の小隊長船橋某が、胡堂のクラスの白井某を指揮刀で切った。胡堂は怒り、『船橋を処分せよ』と問題を起こした。船橋の背後に控えていた柔道部やボート部が反発し、柔道部が一高の寮を襲った。群れをなして弱者をいじめ抜く行動である。胡堂の暴力嫌いは、この事件に体験した被害者の心の傷から生れた。胡堂は、『銭形平次の弱者への味方、武士の横暴への抵抗の芽は、この時から生じた。』と語っている。」
(岩手県歌人クラブ副会長兼事務局長)
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