2008年 2月 14日 (木) 

       

■  〈賢治の歌〉1019 望月善次 あわれこは、人に迎える

 あはれこは 人にむかへるこゝろなり
  ひのきよまこと なればなにぞや
 
  〔現代語訳〕ああ、これは、(植物としての檜ではなく)人に向かっているような気持ちがします。檜よ、お前は一体何者なのですか。

  〔評釈〕『アザリア』第一號の「みふゆのひのき」十二首中の七首目。(末尾には「大正六年二月中」の注記。)もちろん一連をまとめる作品であるが、「歌稿〔A〕」や「歌稿〔B〕」においては、そのままの形では存在せず、「歌稿〔B〕」においては、「(ひのき、ひのき、まことになれはいきものか われとはふかきえにしあるらし。/むかしよりいくたびめぐりあひにけん、ひのきよなれはわれをみしらず。)〔446、447歌〕の形へと変化する〔連載544、545参照〕。第二句・三句の「人にむかへるこゝろなり」、結句の「なれはなにぞや」は、抽出歌のみでなく、表現技法を越えて、賢治短歌全般(と言うより賢治文学全体と言った方が正確かも知れぬ)を覆うテーマであるとも言える。

(盛岡大学学長)

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