2008年 2月 18日 (月) 

       

■  〈賢治の歌〉1023 望月善次 まことなる男の子らは立て

 まことなる をのこらはたて 立ち
  いづる そのあめつちの 春のあか
  るさ。
 
  〔現代語訳〕真実の男子というものは立ち上がりなさい。その男子が現れて来る、その天地の春の明るさよ。

  〔評釈〕『校友会会報』第三十四号の、「銀縞」名の「黎明のうち」九首中の五首目であるが、「歌稿」からは脱落している(「歌稿〔B〕」では一連すべて削除)。直前の「481歌原歌」には、「このむれは をのこのかたちしたりとて こころはひたに をみなに似たり。」が置かれているから、「まことなるをのこ」の一端は窺(うかが)い知れる。この場合の「立ち出づ」は、「現れ出る」の意味か。「春のあかるさ」は、作品に即して言えば、「まことなるをのこ」が出現することは、(北国において待望していた)春の明るさのように好ましいことであるという意味であるが、背後に、作歌時における、春を待望する心、または、春を迎えることができた喜びが存在したのではというのが、評者の印象批評的推論。

(盛岡大学学長)

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