2008年 2月 19日 (火) 

       

■  〈続・岩手の先人とカナダ〉18 菊池孝育 原敬8

 明治25年12月、原はバンクーバー領事館より回答書を受け取った。

  「岡本貞外壹名ノ性行事實取調ノ件/第百三十六號/本件ニ付鍋島廣島縣知事ヨリ申出ノ次第有之候由ニテ去十一月七日付送第九〇號ヲ以テ御照會之趣承知即チ本便ヲ以テ別紙ノ通リ及御答候委詳ハ右ニテ御承知相成度此段御答申進候也/明治二十五年十二月九日/在晩香波(ママ)領事代理副領事鬼頭悌二郎印/外務大臣官房移民課長原敬殿」である。

  「委詳ハ右ニテ」とあるとおり、別紙「臨時報告」が添付されている。それによると、まず冒頭で、本省の照会趣旨に沿って調査したところ「元来岡本上原兩人ノ名前ハ本官等曽テ之ヲ耳ニシタコトモナク當晩香波(ママ)在留ノ本邦人ニモ亦其名ヲ知ルモノサヘナシ」の有様なので、ビクトリア在住の両人の知人に糺(ただ)したところ、

  「兩人ハ曽テ一時『ペルリ』街廿二番地ニ洋食店ヲ開キテ暫時営業シ居タルハ事實ナルモ何分資本缺乏ヲ告ゲ維持ニ困難ノ餘リ間モナク閉業シ當今ニテハ何等爲スヘキノ営業ナク岡本ハ其妻ヲヴヰクトリア(ママ)居住ノ或ル支那人ニ預ケ自分竝ニ上原兩人共五六日前米國華州シャートル地方ニ向ケテ出發シタリト言フ」となっている。

  『ペルリ』街は現在のHillsideとShelbourne Ave.が交差する付近のPearl St.と考えられる。当時Pearlを『ペルリ』と表記する日本人が多かったからである。

  『ペルリ』街は人家もまばらな地域であった。この辺に貧しい日本人や「支那人」が肩を寄せ合うように住んでいた。「洋食店」は近隣の在留同胞目当てに開いたものと考えられる。

  資産があって正業に就いている者は、日本人も「支那人」もビクトリアハーバー近辺に住んでいた。ただヒルサイドはランズダウンロードと連続しており、『ペルリ』はオークベイからアッパーハーバーやビクトリアハーバーに至る中間点にあった。いわば要衝と言える地域であった。いずれにしても商売に向いた場所とは考えられない。「洋食店」は短期間で破綻(はたん)した。

  岡本は妻(上原の妹)をある「支那人」に預けたとあるが、妻を同胞には託せない何らかの理由があったに違いない。異境の地で異国人の家庭に置き去りにされた妻の悲嘆は如何ばかりであったか。当時の移民社会にはしばしば見られた情景であった。実際は売り払われたものと推測される。

  続けて回答書は岡本、上原両人のいい加減としか言いようのない生活行動面について記述している。

  「蓋シ同人共ハ四ケ年計前ニ米國ニ渡航シ來リテ(略)本年三四月頃ヴヰクトリアニ新着シタルモノナリト云フ要スルニ兩人共薄資ニシテ事業ヲナスヘキ途ナキヲ以テサテハ本邦ヨリ勞働者ヲ渡航セシメテ其勞働口ヲ世話シ幾分ノ口銭ヲ得テ僅カニ糊口ノ道ヲ立テントノ一案ヲ起シタルモノト察セラル」

  両人とも生活に窮して、日本人労働者の渡航周旋をしてうまい汁を吸おうとしたものと推定される。在留日本人が新着同胞を食い物にする例は、この頃から昭和20年まで、枚挙に暇がないほど起きるのである。

  領事館は在留同胞を保護し生命及び財産の安全を図るのが任務である。従って日本からの移民について、初代領事の杉村濬以来、移民政策について何度も本省に提言してきた。鬼頭領事代理もこの回答書の終段で次のように意見具申している。

  「終ニ臨ミ爰ニ其筋ノ當該官ニ於テ渡航證明上及其取締上參考ノ爲ニ一言ヲ要スルハ本春着任以來數囘ノ臨時報告ヲ以テ當地方勞働市場ノ實況ヲ申陳シ置キタル通リ凡ソ何種ノ仕事ニ限ラス其所用ノ人員ニ限リアレハ苟モ其定限ヲ越ストキハ爲メニ勞働賃銀ノ低落ヲ來スハ必然ノ義ニ付十分身元ノ慥カナル世話人アリテ豫シメ契約勞働ノ約ヲ結ヒタルトキ若クハ十分信據スヘキ者ヨリ渡航ヲ促シタル場合等ノ外ハ猥リニ渡航者ニ向テ證明セサルヲ必要トス尤當地方ニ於テハ目下折角所々ノ鐵道新工事等起工ノ計畫中ニ付果シテ事業ニ着手スルノ運ヒニ至ラハ多少本邦勞働者ヲ要スルコトヽナルヘシ尚ホ右等ノ如キ場合ニ於テモ然ルヘキ本邦人ト鐵道會社ト確乎タル約束ヲ結ヒ勞働者ノ進退ニ付毫モ他日ニ煩ヲ來スナキヲ認ムルヲ待テ初メテ渡航ノ許可ヲ與ヘラルヽ方然ルヘシト信ス」

  鬼頭は極めて当然な提言をしているのである。逆に言うと、これまでの日本の移民政策は出鱈目(でたらめ)であった証左でもある。各県は調査不十分はもちろん、確かな就労の見通しが立たないまま、渡航証明を乱発してきたのである。

  はるばる太平洋を渡った日本人は、労働条件を吟味する余裕も能力もなかった。日本人や「支那人」の増加は、現地の労働賃金の低下を招く結果になったのである。

  やがて権利意識の強い白人労働者層は、低廉な賃金で彼らの仕事を奪う東洋系移民に対して、非難と排斥の矛先を向けるようになる。

  原はバンクーバー領事から以上の報告を受け、広島県を含む各県知事に対して、渡航証明の発行に際して、慎重な調査の上交付するように求めるのである。

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