■ 〈胡堂の父からの手紙〉153 八重嶋勲 劣等で卒業しないよう心がけよ
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■212巻紙 明治40年2月6日付
宛 東京市小石川区高田老松町二十八番
地吉田方
発 岩手縣紫波郡彦部村
前畧昨五日金三拾三円電報為替取斗(計)候、定メテ受領セシナラン、
徴兵ニ対スル猶豫ノ為メ要スル在学証明書四月十五日迄役場取纏メ期ハ三月中ナラン、日詰町ノ如キハ学生諸氏ヨリ送付シ既ニ提出セシ向キモ有之由ニ候、何分取急送付スベシ、
石杜ノ俶(叔)父ヨリ庄作治療方之義ニ付誰カ上京セラレ度キコト手紙アリ、養父ヘノ手紙モアリ、為メ昨日直接久保ニ行上京勧告致シ候得共未タ日時確定セス、然レ共不日上京スルノ決心ナルコトハ見受候、
凶作ノ影響当地窮民ノ惨状実ニ見ルニ不思モノ数人有、之レニ伴ヘ(ヒ)一般ノ金融前年ニ尚一層酷シク候、
一月上京以来今回ニテ稍ヤ五十円ノ送金額ナリ(持参セシ十五円其他迄)、如斯ニテ到底送金ニ堪サルモノナリ、前途篤ニ考慮シ大々的節倹セラレ度候、
又学事ノ方ナリ本年ハ高等学校卒業スル年ニシテ普通ヨリ尚厳重ナル試検(験)ナル由、此四年生ニシテ落第スルモノゝ比較的多数ナルモノゝ由、定メテ承細知ルコトナラン、落第ハ勿論劣等ニテ卒業セザル様心掛注意セラレ度候、
佐比内ノ俶(叔)父ノ方ヘハ不怠見舞(面出シ)シ、総テノ事ニ相談相手ト相成、萬事ニ便宜ヲ興ヘル様ニ可致候、庄作ノ事ハ実ニ残念ナリ、其恨タルモノゝ意志寔ニ憫察ニ不耐ヘタル事ニ候、
何ノ道盲目同様ナルモノトセハ手術スル方可然、若シ手術ノ結果少シニテモ明ヲ得ルハ得策ナラン、然テスミテ帰郷シ尚ホ煩了ニ盲目トナリタルトキハ臍ヲ歯(噛)ム悔アルベシ、其言ヲ以テ父倉松殿ヘモ勧告致居候、俶(叔)父殿ニモ宜敷相談アツテ可然候、右用事迄、余ハ後便ト申残ス、早々拝具
二月六日 野村長四郎
野村長一殿
【解説】「前略、昨5日、33円電報為替で送金した。きっと受領したことであろう。
徴兵猶予のために必要な在学証明書を4月15日までに役場で取りまとめなければならない。3月中には在学証明書が必要であろう。日詰町では学生諸氏より送付されて、既に提出したようである。何分取り急ぎ送付せよ。
石杜富蔵叔父より庄作の治療方法について誰か上京してもらいたい、という手紙があり、養父への手紙もきた。そのため、昨日直接佐比内村の屋号久保に行き、上京するよう勧めてきたが、いまだ日時が確定していない。しかれども、その内に上京の決心をするように見受けられる。
凶作の影響、当地窮民の惨状、実に見るに堪えない者数人あり。これに伴い一般の金融も前年よりなお一層厳しい。
1月帰省して、上京以来今回でやや50円の送金額である。(直接持参した15円その他まで含む)、このようでは到底送金に堪えざるものである。これから先をとくと考慮して大々的節倹をするようにせよ。
また学事の方、本年は高等学校を卒業する年であり、普通よりなお厳重な試験であるという。この4年生で落第する者が比較的多いものだという。きっと詳細を知っていることであろう。落第はもちろん、劣等で卒業しないよう心掛け、注意するようにされたい。
佐比内村の石杜富蔵叔父の方へは怠ず見舞いの顔出しをし、すべてのことに相談相手となって、万事に便宜を与えるようにせよ。庄作のことは実に残念である。その悔しい気持ちは誠に憫察に堪えないところである。
何の道、盲目同様であるものすれば、手術する方がよいと思う。もし手術の結果少しでも見えるようになるのであれば得策であろう。手術をやらず帰郷して、なおわずらい、しまいに盲目となった時には臍(ほぞ)を噛(か)む悔いがあるだろう。その言をもって祖父倉松殿へも勧告をしておいた。叔父殿にもよろしく相談するようにせよ。右用事まで、余は後便に申し残す、早々拝具」という内
容。
母方の従兄弟、佐比内村の石杜庄作の眼病は、手術に踏み切るかどうかというところで、相談のため祖父倉松の上京を促しているようである。
また、本年は、長一、旧制一高4年生で6月卒業を迎える。卒業試験は厳しく、ここで落第する者が多いという。卒業するにしても劣等にならないようにと注意をしている。
(岩手県歌人クラブ副会長兼事務局長)
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