2008年 3月 9日 (日) 

       

■ 〈胡堂の父からのてがみ〉154 八重嶋勲 実にここ5、3年の間心配である

 ■213巻紙 明治40年2月15日付

宛 神奈川縣小田原在早川村清光舘内
発 岩手縣紫波郡彦部村
前畧愈々病気全癒ニ趣キツゝアル由実ニ喜シク候、当方異状ナシ、祖母不相変昼夜人喚通シナルモ別ニ異リルコトモ無之候、気候残寒烈敷雪弐尺余ナリ、折々川氷材ヲ見ル、本年六月ノ試験ハ心苦敷被想候、世間ニハ廿四、五才ニシテ大學ヲ卒ヘル人アリ、一年落第セシナラ弥増年後レトナリ人ノ中年事業ノ最中ヲ学校生活ニテ打過キルモ心モドカシク被思、加之テ家政日々ニ切迫シ五三円ノ金モ支弁スル不能様ノ境遭(遇)ニ立至リ候、
故ニ療養モ一概ニ止メルコト出来サルコトハ素ヨリ承知致居ル次第ニ候得共数種ノ肉牛乳トカ肉トカ其幾分ヲ減スル位ハ出来ルナラン、勿論白毛布ノ請求ノ如キハ到底不出来、何卒シテ授業料斗(計)リモ速カニ送金致度心組ナレ共未タ其運ヒニ至兼居リ候、婚約ノ一件ハ世間一般ニ夫婦同様ニ見視居候、柏屋ニテモ或ハ然ラン様子ナリ、S・Tハ昨年憲兵トシテ台湾ニ赴任以来品行ヲ誤リ最初八月十五円位ツゝ三ヶ月斗(計)送金セシモ九月以来十二月頃迄妨(放)蕩ニ流レ、目下百三十円斗(計)リ借金故六十円送金第八回迄父親電報アリシモ一金モ送金セス、今回憲兵長少尉ヨリ老生ニ照會ニ相成、國元ヨリ送金シ(ス)ルニアラザレバ断然警察ニ引渡處分スル云々、定三モ一月十日頃上官ノ知ル処トナリ大ニ戒メラレ目下心ヲ改メ謹鎮(慎)百務勉励居ル為メ取合及フ、尤モ上官ニモ其不取締ノ為メ處分セラルゝトノコトナリ、如斯当時ノ屋号H・Nハ我家ノ二倍ノ財産ヲ有シ、勿論借金モナキ家ニシテ、今五、六十円ノ金ノ為メ子ヲ不顧我家ノ窮迫シテ毎月ヨタ額ノ金ヲ子ノ為メ送金スルヲ誰壱人トシテ驚嘆セサル人ナシ、却テ其出所ヲ不審セラルゝ様ナリ、実ニ定三ハ親ノ不情ノ為メ一時身ノ誤リノ為、今ヤ世捨テ人ナル、自業自得トイヘ(ヒ)ナカラ実ニ憫然ニ候、我家ノ一ヶ月分僅カ六十円ナリ我救助スル力ナシ、私カニ姉妹ノ夫等ヲ集合シテノ(当分ノ集合セリ)本日相談ノ計画シツツアリ、当地ノ人情トシテ財産家ト云ヘトモ百円以上ノ薬料ヲ要スル病人ハ愛児ト雖トモ是ヲ不顧習慣ナリ、佐比内村久保ノ如キハ百中ノ一モ無之、況ンヤ我家ノ如キ産ノ細キ他ニ財源ノナキヲ能々推察セラレ度候、今ヤ借金不相應ニアリ、折々執達吏ノ豫防ニ閙敷、実ニ将来ノ家計爰五三年ノ間心配ニ有之候、佐比内久保俶(叔)父殿ハ折々立寄病体見舞サルゝ其心切難恐候、殊ニ俶(叔)父様達困難ノトキハ何程カ助力呉ルゝ等迄話合致居様子ニ候得ば折節ハ其安否手紙ヲ出シ久保ヘ先達テ写真一枚送付セシナラ如何ナルヤ、出来ル限リハ取斗(計)ヘ(ヒ)度候、申越サル候金員三拾円ハ今ヨリ心配致シ送付スルコトゝ可致候、みきノ小児たみノ小児等皆々壮健成長セリ、耕次郎ハ大人ノ如ク働キ居候、章モ強壮毎日小学讀本ヲ携ヘ隣家ニ遊ヒ来、四月一日入学期ヲ待ツ居候、佐藤善太郎君ヘハ切(折)節音信ヲ通シ他日手ヲ携ヘル装ヘ(ヒ)ヲナシ同人ノ父ニ対スル意見アレハ必ラス尚ホ一回村長ノ席ヲ〆ムルコト出来ルコトアルベシ、年期改選ハ四十ニ年四月廿五日ナリ、豫メ注意セラレ度候、此度ノ当郡長ハ今野良治ト云人縣廳ナリ以前ノ岩崎郡長ハ江刺郡長ニ転任セリ、右用事旁々情況報導迄、早々
   二月十五日     野村長四郎
    野村長一殿
 
  【解説】「前略、いよいよ病気全癒に趣きつつあるとのこと、実に喜ばしい。当方異状なし。祖母は相変わらず昼夜、人を呼び通しであるが、別に異なったこともない。

  気候は残寒激しく、雪が2尺余(60センチ余)ある。折々、北上川に氷材(流氷)が流れるのを見る。本年6月の試験は心苦しく思われる。世間には24、5歳で大学を卒業する人がある。1年落第するならば、さらに年後れとなり、人の中年の仕事の最中を学校生活で打ち過ごしているのも心もどかしく思われる。これに加えて家の生計は日々に切迫して、5、3円の金も支払い不能の境遇に立ち至る。

  であるが療養も一概に止めることは出来ないことはもとより承知しているが数種の内、牛乳とか肉とかその幾分を減らすこと位は出来るであろう。もちろん白毛布の請求のごときは到底出来ない。何とかして授業料ばかりも速かに送金したい気持ちであるが、いまだその運びに至りかねている。婚約の一件は世間一般に夫婦同様に見えているようだ。柏屋でもあるいはそのような様子である。

  S・Tは昨年憲兵として台湾に赴任以来品行を誤り、最初8月、15円位ずつ3か月ばかり送金したが、9月以来12月頃までは放蕩(ほうとう)に流れ、目下130円ばかり借金があり、60円送金、第8回まで父親に電報あったが1円も送金せず、今回憲兵長少尉から私に照会があり、国元より送金がなければ断然警察に引き渡す処分にする云々、定三も1月10日頃上官の知るところとなり大いに戒められ、目下心を改め謹慎、百務勉励しているため取り成しに及んでいる。もっとも上官にもその不取締のための処分されるとのことである。

  かくのごとく、当時の屋号H・Nはわが家の2倍の財産を有し、もちろん借金もない家で、今5、60円の金のため子を顧みざる。わが家の窮迫して毎月多額の金を子のため送金するを誰一人として驚嘆しない人がいない。かえってその出所を不審に思われるさまである。

  実に定三は親の不情のため一時身の誤りのため、今や世捨て人である。自業自得といいながら実に憫然(れんびん)である。わが家の1か月分わずか60円である。われ救助する力がない。ひそかに姉妹の夫らを集合しての(当分の集合をする)本日相談の計画している。

  当地の人情として財産家といえども100円以上の薬料を要する病人は愛児といえどもこれを顧みない習慣である。佐比内村屋号久保の如きは百中の一もこのようなことはない。いわんやわが家のごとき財産の細く他に財源のないのをよくよく推察されたい。今や借金不相応にあり、折々執達吏(執行官)の予防に騒がしく、実に将来の家計ここ5、3年の間心配である。

  佐比内村屋号久保叔父殿は折々立ち寄り病体を見舞されるその親切はありがたい。ことに叔父様達が長一の困難の時はいかほどか助力くれる等まで話し合いしている様子であるので、折節はその安否を手紙を出し屋号久保へ先立って写真1枚送付したならどうか。できる限りは取り計らいたい。申し越しの金員30円は今より心配して送付することとする。

  みきの小児、たみの小児ら皆々壮健、成長した。耕次郎は大人のごとく働いている。章も強壮毎日小学読本を携え隣家に遊びにいってくる。4月1日小学校へ入学を待っている。佐藤善太郎君へは折節音信をし、他日手を携えるようすをし、同人の父に対する意見あれば必らず、なお1回村長の席を占めることができることがあるだろう。年期改選は42年4月25日である。予め注意するように。

  このたびの当郡長は今野良治という人、県庁職員である。以前の岩崎郡長は江刺郡長に転任した。右用事方々情況報導まで、早々」という内容。

  この手紙の宛先が「神奈川県小田原在早川村、清光舘内」である。どうやら胸を患っているらしく、転地療養の始まりである。新たな家族の悩みとなるのである。

  また、ここで初めて橋本ハナ(紫波町彦部の屋号柏屋の娘、後に長一の妻となる人)との恋愛のことが出て来た。これも当人はもとより家族の大きな悩み事である。

(岩手県歌人クラブ副会長兼事務局長)

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