そちら雪こちら満月花の
日に
杣 游
あれは今から8年ぐらい前の春だった。電話が鳴った。「こんばんは どうしてはりますか?」と胸をつかれるお声。「こちら、雪です。もう、すっかり春なのに」「ホウ、雪ですか。こちらはちょうど桜が満開で、花の満月ですよ。だから、ちょっとお声が聞きたくなって−」と、とりとめもないことを話して切れた。神戸在住のアクセントがやわらかい。
折り返し、葉書が届いた。そこに記されてあったこの句、「ゆう」の落款(らっかん)が押されてある。雪、月、花、みごとに盛り込んだ川柳ならではの名句である。発表と同時に、師時実新子さんの絶讃を浴びられ「いや、あれは、なんというか合作のようなものでして…」と言い訳をして笑われましたと聞かされておかしかった。
平成14年刊の「ゆうサンの赤い鞄」は氏の第一句集。表紙には新子さんのスケッチで、赤い鞄(かばん)を背負った男性のうしろ姿が描かれ、評判になった。新子さんの選による岩手日報川柳欄に、わたしも一時投句していたことがある。ゴシック体で名前が出て先生の選評が頂けると天にも上る心地だった。
昨年3月10日、先生は世を去られた。そしてこの度、杣游さんが先生の追善をこめて新書「天才の秘密」を出版された。氏はすでに歌集3冊、句集、エッセイ集、論文集などあり、今回は時実新子の月刊「川柳大学」編集室におられた体験をもとに、プロ作家の「秘密」に迫る格好の読み物になっている。何より心が温かい。
名カメラマンでもある氏は、新子さんの遺影はもとより、柳誌の歩みをカメラに収め、すてきな新子アルバムに仕上がった。「吾が撮りし遺影の下に合掌しなにがなすこしおかしな気分」と真情も吐露。「白きもの蔵(しま)う器を壺(つぼ)という」そしてこの句の奥深さに慄然(りつぜん)とした。一般には紅(あか)い花を生けるのも壺。しかし今、氏の目の前にあるものは、白い御骨の壺だという。これが杣氏の秘密かと、わたしはなお一書のめぐりをさまよっている。
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