2008年 3月 14日 (金) 

       

■  〈賢治の歌〉1048 望月善次 学校のガラス片ごと

 学校の、 ガラス片(ひら)ごとか
  ゞやきて、 あるはうつろのごとく
  なり。
 
  〔現代語訳〕学校の(窓の)ガラス片ごとに輝いているのは、まるで空洞のようです。

  〔評釈〕文語詩一百編の「日の出前」の後半。昨日取り上げた前半と同じく、短歌的に言えば、初句に相当する「学校の」や第三句の「かゞやきて」の後の空白はあるものの、この場合も五七五七七の短歌定型に完全に一致している。短歌形のもの二つを置いた作品は、「文語詩」なのか「短歌」の連作二首なのかの断定は、それほど単純ではないという結論を繰り返しておこう。意味の上では第四句の「うつろ」に苦戦した。「うつろ」自身は「空洞」の意で、「現代語訳」では、一応その意味を採った形を示しておいた。しかし、どうもしっくりしないものがあったのも事実である。「うつろ」にあえて「現実ではない」という意味を与えて、全体の意味を通そうとすることも心をよぎったことも記しておこう。

(盛岡大学学長)

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