■ 〈続岩手の先人とカナダ〉21 菊池孝育 原敬11
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「ユニオン」炭坑の件は遂に破局を迎えることになった。
「四月二十一日 晩香坡在勤鬼頭領事代理ヨリ林外務次官宛/『ユニオン』炭坑出稼帝國坑夫處分の件/機密受第五二九號/五月八日接受」の「機密信」に瓦解の経緯が詳しく記録されている。その大要は次の通りである。
鬼頭は「ユニオン」炭坑出稼坑夫173名に「對スル最終處分法ヲ開申スルノ必要ニ迫リタルハ頗フル遺憾」と苦渋を滲ませながら3項目の解決案を挙げている。
「第一 在坑ノ坑夫ニシテ疾病ニ罹リ勞働ニ堪ヘサル者拾名ヲ送還(帰国)スル事及其旅費送金ヲ要スル事/第二 從來移民會社ニ關スル一切ノ負債ヲ同社ヨリ辨償セシムル事/第三 巳ニ逃亡シタル坑夫及承諾ヲ得テ解約シタル坑夫ニ對シテハ向後移民會社ハ何等ノ義務モ之ナキ事」というものであった。
そしてこの悲劇的結末に至る経緯と事態収拾策を次のように述べている。
昨年11月下旬に全山を挙げて開坑就業という運びになって、坑夫も「移民會社」も相応の収入を得ることができると、小官(鬼頭)は喜んでいた。閉坑中の巨額の負債もやがては弁済できるものと期待していた。
折に触れて「間接ニ直接ニ坑夫ヲ奬勵シテ」いたが、「此等坑夫ハ言ヲ左右ニ托シテ空手徒食センコトノミ企テ」真面目に業務を遂行しようという気概に欠けていた。その上「十一月開坑以來前後數囘ノ同盟罷工ヲ働キ日夜賭博ニ耽リ」、坑主はもちろん現地他民族の信用をも失う始末であった。そのあげく日本人坑夫たちは「今ヤ諸方ニ逃奔分散シ去リテ現今ユニオン坑ニアルハ僅ニ拾名」を数えるに過ぎない。
しかしながら「此等拾名ノ坑夫ハ皆數月來病臥シ居リテ到底勞働ニ堪ヘ得ヘキモノニアラサルナリ」という状況になっている。第1項の「拾名ヲ送還」というのはこれら病人のことである。送還に要する費用は「一人ニ付大概米金参拾五弗内外」である。これは「移民會社」に負担させるべきと考える。
第2項の「移民會社」に弁済させるべき負債額は「合計米金参千七百貮弗八拾仙也」の巨額に上る。
「右ノ如ク在坑ノ坑夫ハ殆ト皆逃亡離散シ去リ病者ハ送還ヲ爲シタル以上ハユニオン出稼事業ハ爰ニ一先ツ不幸ノ結果ヲ以テ一段落ヲ告グルノ遺憾」に思う。
「本官ハ御用都合ヲ見計被地ニ出張シ關係人等ト種々協議ヲ遂ケ以テ本議ノ處分法ヲ爰ニ開申ス/右ハ事頗フル急ヲ要スルニ付特別ヲ以テ何分迅速ノ取計アランコトヲ望ム」以上である。
原移民課長は、現地で並々ならぬ努力と苦労を重ねた鬼頭領事代理の収拾案を良として、「兵庫縣」と「移民會社」を説き、坑夫の帰国費用の送金と負債の弁済を履行させたのである。後日、「明治移民會社」はこの時の巨額な損失が原因で倒産した。
この悲惨な結末をもたらした要因は次の3点に要約される。
第1は、「明治移民會社」に起因する問題である。カナダ、炭坑主との契約条件に違反して、多くの炭坑作業未経験者を送り出したこと、加えて甘言で労働者を募り、閉坑中を知りながら渡航させた上に、彼等との約定を守ろうとしなかったこと等である。国際的信義を踏みにじり、坑夫の生命を危険に陥れながら、なお営利にのみ走った行為は国の内外から批判されたのである。
第二は、ウエリントン炭坑側の責任である。炭坑不況による閉校を目前にしながら、日本に熟練炭坑夫を発注したことは、安い労働力の確保のためだった。当時、日本人と「支那人」は安価な労働力で定評があった。坑主は閉坑が長引くとは予想していなかった。
次に「噸働キ」に見られるような劣悪な労働条件と地底の作業環境であった。炭坑採掘の地下現場は常に爆発事故と落盤の危険に晒されていた。日本人と「支那人」には最も危険な採掘現場が割り当てられていた。
1995年、筆者がカンバランドの当時の炭坑資料館を訪ねたとき、炭鉱事故での死者数は、日本人と「支那人」が圧倒的に多かった。ことに、ショックを受けたことは、同じ日に、数十名が一斉に亡くなっている事実である。1度や2度のことではない。安全管理がずさんな時代であった。
炭鉱事故は頻発した。死亡者名簿に名を連ねている日本人坑夫も、今でいうアメリカン・ドリームを夢見て渡航したものであろう。請け負わせたとはいえ、危険で劣悪な労働条件を看過した炭坑側にも責任があった。日本人坑夫が逃散したのも無理からぬものがあった。
第3に、外務省と兵庫県に海外移民に関するポリシーが無かったことである。事態の推移に右顧左眄(うこさべん)して、徒に時を費やした。その中にあって、在留同胞の保護の観点から、坑夫の生活と生命の安全を第一に問題解決を計ろうと努力したのが、原敬移民課長と鬼頭領事代理だったのである。事は原の意図したとおりには運ばなかったけれども、「炭坑夫出稼事件」の悲劇的結末を見れば、原の方針が正しかったことは明らかなのである。
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