イタリアは日本に似ている国にみえる。まずイタリア半島と日本の本州とは、地形がよく似ている。長靴の形をした半島と本州とは山が多く、中央山脈で分断の太平洋側と日本海側のように西は地中海岸、日本海側に相当するアドリア海岸に分かれる。火山や地震があることでも似ている。
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マジヨル湖とアルプスを見渡す保養地ストレーザ
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北イタリアでは稲作のため水田で米をつくる。ピエモン米でリゾットという料理で知られている。イタリア人はタコを食べるが、イカは食べない。またスパゲティ、各種のパスタや、ラビオリを食べるのは、日本のめん類やギョーザのようだ。地理的にみると、北イタリアでは米でつくるリゾット、南イタリアはパスタやピザをよく食べるが、パスタはだんだん北上し、ローマ以北の食生活にも影響している。
その上、イタリア語と日本語とは発音が似ている。イタリアは日本から北海道を除く面積に相当、シシリア島と四国はほぼ同じ大きさ。
イタリア分割論
欧州の統合に逆行するが、北部、中部、南部と三つの国に分かれた方が合理的と考える人もいる。北は先進国的な西欧社会で工業地帯。中部は歴史上長年ローマ法王領だったことに特長がある。南部はアフリカのような気候、工業化が遅れていたが、観光の目玉が多い。昔は南部の人は貧しく、南北アメリカに多く移住した。またイギリス、フランス、ドイツにも出稼ぎに行った。そして行った先々でスパゲティやピザを普及させた。
イタリアとはかつて分裂した都市国家群
北イタリアは歴史的にみてフランスとドイツ、後にオーストリアとが勢力を争う場になっていた。西のサボイアはフランスと国境を接していたので、フランスとの相互影響が強かった。ミラノやベネチアは統一前オーストリアのハブスブルク王朝の支配下にあった。各地に都市国家。それぞれの領王が独立国のように振る舞っていた。フィレンツェのメディチ家がそのよい例だった。南イタリアは、古代ローマ帝国が分裂崩壊した際、東ローマ帝国、別名ビザンチン帝国に属し、いろいろ支配者が入れ替わり、スペインのブルボン王朝の分家の所領となった。イタリア統一戦争で、ニース出身のガリバルディが率いる義勇軍がその王朝を追放してイタリアの統一を完成させた。しかし皮肉にもガリバルディ自身が気がつくと、故郷ニースがフランス領になり、フランス人になってしまっていた。
かつてイタリアとはただの地名だった
長くイタリアとは地名であって、国名ではなかった。「わたしはイタリア人」といわず、ロンバルディア人、トスカニア人、ピエモンテ人などと称し、今もそういう習慣が残っている。
イタリアは天然資源が乏しく、石油がなく、本来は農産物であるチーズ、ハム、ワイン、果物などが豊富だ。しかしイタリア人は戦争に弱くても、楽天家であり、芸術に長じ、職人気質の国民性だ。 |