2008年 4月 5日 (土) 

       

■ 〈啄木の短歌、賢治の短歌〉2 望月善次 海2 船上での思い

 【啄木の歌】

  汗おぼゆ。津軽の瀬戸の速潮を山に放たば青嵐せむ。
  〔「明治四十丁未歳日誌」(五月十一日)〕

〔現代語訳〕(五月の爽(さわ)やかな気候に)汗を感じました。(今渡っている)津軽の狭い海峡の、この速い潮の流れを山に放てば、若葉のころの風(青嵐)が吹くでしょう。

  【賢治の歌】

  そらはれて
  くらげはうかび
  わが船の
  渥美をさしてうれひ行くかな
  〔「歌稿〔B〕」261歌〕

〔現代語訳〕空は晴れて、(海には)クラゲが浮かび、私が乗っている船は、渥美半島を指して物悲しく行くのです。
 
  〔評釈〕少し早いが、五月の作品。いずれも船の上での感慨である。啄木作品は、父親の宝徳寺住職復職の夢破れての北海道渡航を背景にし、賢治作品は、大正五年三月の京都、奈良方面修学旅行を背景としたもの。賢治は、この時盛岡高等農林学校の一年生。『新校本 宮澤賢治全集』(筑摩書房)〔*以後本連載では『新校本全集』〕第十六巻(下)の「年譜」によれば、同年三月二十九日のこと。「鳥羽より四〇〇トンの汽船にのり蒲郡へ渡る。」啄木作品には、「客観的状況」は別にして「啄木、渋民村大字渋民十三地割二十四番地(十番戸)に留まること一ヶ年二ヶ月なりき、と後の史家は書くならむ。」〔五月四日〕の意気軒昂(けんこう)さが見える。

  それに対して、賢治作品には、何であるか判然としないが、自身を覆う憂愁が横たわっている。「わが船の……うれひ行くかな」は、もちろん、船自身に憂いがあるのではなく、憂いは話者に在るのである。憂いある話者がクラゲも見ているのである。

(盛岡大学長)

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