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新渡戸稲造の森田仙あての書簡 |
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盛岡市本宮の市先人記念館(吉丸蓉子館長)で07年新収蔵資料展が開かれている。07年に収蔵した169点の中から82点を展示している。米内光政や新渡戸稲造などの政治家から五味清吉や池田龍甫などの芸術家まで幅広く扱っている。多くの資料が初公開。分かりやすく解説が付けられ、郷土の偉人の新たな一面を垣間見ることができる。
今年は米内光政の没後60周年。それに合わせたかのように、昨年は貴重な米内の資料が多く寄贈された。珍しい資料では岩手県尋常中学校成績表(1年次)。恵まれた体格で柔道が得意だった米内の成績はやはり体育(体操)が抜群で、数学、漢文、英語と続く。苦手な教科もある普通の少年だったと知ることができる。
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岩崎小学校に所蔵されていた米内光政の扁額「至誠」 |
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新渡戸稲造に関する資料では、教え子の森田仙にあてた書簡が寄託された。森田は新渡戸に直接教えを受けたわけではない。盛岡高等女学校(現、盛岡二高)女学生のとき、講演に訪れた新渡戸に質問の手紙を送ったのが文通のきっかけになった。
書簡は国際連盟事務次長などの役職を辞し、軽井沢でしばらくの休養を取っていた時期(1927年7月21日)に書かれたものだが「度々講演ニ出かけるので時をとられ、これ丈けてハ閉口、此(こ)の秋まで此地ニ逃げて居る考えなれとも、此地も近頃ハ富豪や華族方の多きニハ少し困ります」と各地に「引っ張りだこ」な様子を伝えている。
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米内光政の「味無究」 |
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田ア農巳学芸調査員は「新渡戸は一介の女子学生にわざわざ返答し、長年、手紙のやり取りをした。人格者である新渡戸らしい一面が伝わってくる資料だ」と解説している。
そのほかにも今年度から廃校になった北上市立岩崎小学校に所蔵されていた米内光政の扁額「至誠」なども寄贈され展示されている。
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