2008年 4月 13日 (日) 

       

■  〈胡堂の父からの手紙〉159 八重嶋勲 意のままに任せ、今罰が当たった

 ■220巻紙 明治40年4月9日付

宛 東京市小石川区高田老松町二十八、          吉田方  親展
発 岩手縣紫波郡彦部村
前畧昨日佐比内ノ久保老夫婦上京ニ托シ金拾円送付候筈定メシ受取セシナラン、昨日ノ手紙耕次郎他ノ学校ニ入学セシムベキコト云々有之候得共迚モ財政上ノ困難一方ナラス、殊ニ当年未タ年少故中学校ニアラサルモノ入学スルコト不能、家内ニ於テ実業ニ従事セシムルノ豫定ニ有之候、此事ニ就テハ当夏休業帰郷ヲ俟ツテ相談可致候、
一キクエノ一件左社ト豫而推察致居候モノヽ定メテ財政ト云フ難関アルカ為メ忍ンテ外装睦ニ波風ノナキハ二人カ間実ニ憫然ト思ヘ決シテ無利(理)トハ不思次第ニ候得共此事ハ実ニ重大ノ事柄ニ候、此不釣合ノ生シタルモ、我レ誤リナリトハ雖トモ最早中学校ニ入学セシムルトキノ素志ハ我レノ如キ子孫ノ村吏ヲ出シ度ナキカ為メ責テ田舎醫者ヲ支(仕)立、又ハ郡吏位ヲ出シ(ス)ノ目的ニアリ、追々学校ヲ出テ資力ナキモ不顧子ニ甘キハ親ノ習ヘ言意ノ侭ニ任セ、上級学校ニ入学セシメタハ今的罰セリ、キクヱヲ貰受ケタルハ婚姻セシムル以外ニ於テ理由アリ、一ハ亡妻ノ血脈、一ハ農業ヲ働ラカンメ学資ヲ作ルニアリ、今ノ内政ヲ知ラヌカ起居モ人手ヲ請ム七十八ニ、八十三ノ高齢者、二人幼児アリ、内事ハ母壱人ニテ外事ヲ働クコト一切不出来、明暮キクエ壱人ニテ鍬頭トナリ、其得処ノ収穫悉替学資ノ為メ投尽シ、余シ(ス)処里(厘)毛ナシ、却テ年追フテ借金ヲ増目下ノ処六百円以上ニ達、之レニ加フルニ○○百五十円斗(計)リ費消シアリ、一朝破ルヽニ於テ我レ永鉄窓幽閉セラルヽナラント心傷ノ矢先キ如斯ナル文通ニハ吾レ生命ノ断スル処ニ苦シムナリ、他日妾ヲ置クモ可ナリ、私生子ヲ認知スルモ可ナリ、是又悪法ヲ以テ心付ルハ親タルモノヽ為スベカラサル事ニ候得共目下ノ窮状如何共不止得ナリ、キクエニ農事ヲ一任シアレバ社吾村長モシ学資モ作ル兎角是迄ノ生活モシ来リ、年カ年中門田類族ノ世話受クルコト一方ナラス、之レカ同人ヲ要求ノ如ク離婚セシナラ、農事全体ヲ人手ニ諾シモノトセシナラ到底費用ノミ減シ相償サルハ勿論近隣皆敵人トナリ公吏ノ如キハ夢想タニ不出来ハ勿論世間我等一家ノ不徳ヲ挙ケラルヽ眼前ナリ、
吾等何ノ面ヲ以テ離縁ヲ申込ム事出来得ルヤ克々推察スルベシ、
左ナキ、タニ当春当地ニ何地ヨリノ風説ナルヤ一説アリ野村長一ハ柏屋ノハナト夫婦ノ密約アリ、他日業ナレバ折角家業ヲ働カセ学資ヲ作ラシメテ、而シテ離別スベシトノ説盛カンニ起リ、了ニ門田巻ノ耳ニ入、キクエ自ラ畑中ノ伯母ニ行、愍施涕泣シテ二時間余伯母双泣セシコトアリト、畑中ノ母ヨリ私カニ告ケラレ、甚タ気ノ毒且ツ其心情不堪程残念ニ想ヘ(ヒ)母まつゑト相談シテ、善作方ニ至リ種々陳弁シ、柏屋ノハナ子ノ如キハ三代○○者出タル血統ニシテ同人モ承知致居候故決シテ世間ノ風説ニ止リ、無実ノ事ナリト明言シテ打消シ、且ツ偽言ニアラス、柏屋一家ノ血統ハ余リニカン高フリ三代○○ノ出来タル事ハ世間承知致居故是迄学問セシ長一定メテ然ラント世評一時ニ取消ヘ、先ノ父母何ノ話シモナク帰家シテ以前ニ異リナク働キ居候、
如斯ナル内情ノアルキクエヲ離縁スルトキハ愈々世間悪徳ヲ挙ケ吾々モ此地ニ居住スルハ心苦ク思ヘ候、
七年間モ労働セシキクエヲ離縁セントスルニハ少クモ金子ノ百円モ添ヘ衣類ハ不残呉遣シヘキナルモ、其金束(策)ハ勿論大学終ル迄ノ家政学資次ノ小児等養育学資如何ナシ(ス)ヘキ哉、大学卒業後ニ於テ、キクエニ対スル契約抔ハ告方ハ世間之レヲ実トスルモノアランヤ、
若シ不止得トキハ不徳ト知リ惨酷ト知リナカラ大学終ル迄是迄ノ如ク継續シ夫婦睦ヒ居ルヨリ外ニ途ナカルベシ、
夫共海軍主計志願ノ目的ノ為メ表面丈離婚セシムルコトヽスルナラ当夏帰郷ノ暁キ直接其事柄ヲ申込ミ後日又利用スルノ時期モアルベシ、何ノ道キクエハ憫然ナリ、同人モ人ノ子ナリ、同情ヲ表シ双方無事ニ生活ヲ送ル途ナキカ、家ノ為メ我等頼ム処ナリ、生(青)年時代ノ希望ハ十ヶ九分達セサルモノ数万人ノ学生何レモ内心皆天下ノ秀才、学者俊ヶツタラント不思ナシ、一朝目的ヲ齟齬スルニ至ツテハ元ノ杢アミトヤラ、今ヨリ高位伸士ノ気取豫想如何アルモノカ、克々前後思慮セラレ度候、
我レモ五十二才ニ達シ村吏モ嫌ミヲ生シ、向二ヶ年間ニシテ断念手ヲ引気楽ノ生活仕度候、就テ願ヒ処学資斗(計)リモ送金セザル様ニ致度候、夫共早ク目的ヲ達シタル暁ニハ我等丈交番ニモ京ナリ田舎ナリ随意居住シ、子孫ノ繁栄ヲ図リ野村家モ大巻ニ継續スルコト得ハ此上ノ幸福ナカランコト期待スルニ外ナラザルナリ、
前陳ノ如クキクエノ件ハ素ヨリ人身上自由婚姻ノ本位ヨリ敢テ干渉致度無之候得共家計上如何共為ス不能、篤ト前途考慮セラレ度候、
三十円請求ノ金員ノ内久保ニ拾円ヲ托シ残弐十円ノ内不日拾円モ送金スルコトヽスベシ、併シ容易ニ金束(策)ノ見込ナシ、漸次相待タレタシ、此形状ニテ到底大学卒業覚束ナシ、高等限リニシテ退学シ何カ適当ノ職務ニ就ク方如何ナルヤ、金ハ人ヲ阻害ナルコト如斯克々思考セラレ度候、
耕次郎ハ他ニ学業セシムルコト到底不能ベシ、実ニ憫然ナリト雖トモ不止得、自(爾)来実業ニ従事セシメ幾分カ家政ノ手助ケト可致ニ付是又断念セラレ度候、
乍繰言キクエ離縁ノ事ハ一朝一夕ニ断念スル不能、当夏帰郷ヲ俟テ篤ト相談スルコトヽスベシ、
右ハ誰ニモ発表スルコト勿レ、佐比内村ノ俶(叔)父様ニモ密シ置クベシ、
我等夫婦ニテ話合セシ迄ナリまつゑモ大ニ落膽シテ昨夜以来泪クミ居候、且ツ前途ノ方針暗黒ナリ、或ハ是迄度々過キタル□望ミヲ起シ種々手段ヲ以テ学資ヲ整ヘ是迄苦学セシメタルハ却テ親子共一大禍失ヲ召子(招ネ)キシナランカト悔誤(悟)ノ念止マザルナリ、
此件ハ万々夏期ニ相譲ル、久保老夫婦ヘハ克ク親切ニ市中ヲ案内シ出来得ル限リ相尽シ様相成度候、右用事迄、早々

   四月九日      野村長四郎

    野村長一殿
秘報キクエヲ東京ニ呼ヒ身(見)習ノ為メ両三年修業セシムル途ナキヤ、簡単ニ出来得ルモノトセハ日下善作方ヘ相談申込ミ見ルモ可ナラン
 
  【解説】「前略、昨日佐比内村の屋号久保の石杜倉松老夫婦が上京するのに託し、残り10円送付したのできっと受け取ったことであろう。

     
  現在の紫波町大巻の風景  
 
現在の紫波町大巻の風景
 
  昨日の長一の手紙に耕次郎を他の学校に入学させるべきであること云々、とあったが、とても家の財政上困難一方(ひとかた)ならない。ことに耕次郎は当年まだ年少であり、中学校のほかは入学することができない。家で実業に従事させる予定である。このことについては、今度の夏の休業に帰郷するのを待って相談しよう。

  キクエの一件、さこそと、かねてより推察していたが、家の財政の難関があるため、忍んで外を装い、睦まじく波風のないのは、二人の間、実にあわれむべきさまと思い、決して無理とは思わざる次第であるけれども、このことは実に重大な事柄である。

  この不釣合の生じたのも、われの誤りとはいえども最早中学校に入学させるときの素志は、われのごとき子孫の村吏を出したくないためであった。せめて田舎医者にしたい。または郡の吏員くらいを出すのが目的であり、追い追い学校を出そうと資力がないのも顧りみず、子に甘いは親の習い、意のままに任せ、上級学校に入学させたのが、今罰が的に当たった。

  キクヱをもらい受けたのは、婚姻させる以外に理由がある。一つは亡妻の血縁、一は、農業を働かせて学資を作るためである。

  長一は今の家の内情を知らないのか。起居も人手を頼む78に、83の高齢者あり、二人の幼児がある。家の中のことは母一人で行うため、外の農事を働くことが一切出来ず、明け暮れキクエが一人で鍬頭となって、その得たところの収穫ことごとく学資のために投尽し、余すところ一厘一毛なし。

  かえって年を追って借金を増し、目下のところ600円以上に達した。これに加えて○○百五十円ばかり費消している。一朝破れるときは、われ永く鉄窓幽閉されるだろうと心傷している矢先に、かくのごとき、手紙にはわれ生命が止まるほどに苦しい。

  そのうちに橋本ハナは、妾として置くのもよいだろう。私生子を認知するのもよいだろう。これまた悪法をもって心付けるは親たる者のするべきことではないが、目下の窮状いかんともやむを得ないところである。

  キクエに農事を一任していればこそ、われ村長もし学資も作り、とにかくこれまでの生活もしてきた。年がら年中、屋号門田の類族の世話を受けること一方でない。これがキクエを長一の要求のごとく離婚したならば、農事全体を人手に託すものとすれば到底費用のみで収入が減り、どうにもならなくなることはもちろん、近隣皆敵人となって村長などを勤めるなどは夢想だに出来ないことはもちろん、世間はわれら一家の不徳をあげつらうことは眼に見えるばかりだ。

  われら何の面をもって離縁を申し込むことが出来るや、よくよく推察するべし。

  そうでなくてさえ、他に当春当地にどちらからかの風説であろうか、一説があり、野村長一は屋号柏屋の橋本ハナと夫婦の密約があり、そのうちに長一が卒業。折角家業を働かせ学資を作らせて、そして離別するだろうという説が盛んに起こっており、しまいに屋号門田の類族の耳に入り、キクエが自ら屋号畑中の伯母に行き、愍施涕泣して2時間余り伯母と2人で泣いたということがあったと、畑中の母からひそかに告げられた、

  はなはだ気の毒であり、かつその心情堪られないほど残念に思い、母まつゑと相談して、キクエの実家日下善作方に行き、種々陳弁した。

  屋号柏屋の橋本ハナのごときは三代○○者が出た血統であり、キクエも承知しているので、決して世間の風説に止まり、無実のことであると明言して打ち消し、かつ偽言にあらず、屋号柏屋一家の血統は余りに○○が高く、三代○○の出たことは、世間が承知していることで、これまで学問した長一もきっとそうであろうと世評一時に取り消え、先の父母も何の話もなく、キクエは帰家して以前に異ることなく働いている。

  かくのごとくなる内部の事情のあるキクエを離縁するときは、いよいよ世間では悪徳をあげつらうだろうから、われわれもこの地に居住するのは心苦しく思える。

  7年間も労働させたキクエを離縁せんとするには少くとも100円も添え、衣類は残らずくれてやべきであるが、その金策はもちろん、大学終わるまでの家政、学資、次の子供等の養育、学資、どのようにしたらよいものや。大学卒業後に、キクエに対する契約などの告方は世間これを実とするものがあるだろうか。

  もし、やむを得ないときには、不徳と知りながら、惨酷と知りながら、大学終わるまで、これまでのように継続し、夫婦睦みいるよりほかに途がないだろう。

  それとも海軍主計志願の目的のため、表面だけ離婚させることとするならば、当夏、帰郷の暁、直接その事柄を申し込み、後日また利用をする時期もあるだろう。

  何の道キクエは憐れむべきでかわいそうである。同人も人の子である。同情を表わし双方無事に生活を送る途がないか。家のため、われらは頼むところである。青年時代の希望は十中が九分達せられないものである。数万人の学生はいずれも内心皆天下の秀才、学者、俊傑たらんと思わない者がない。ひとたび目的に齟齬(そご)をきたすと旧の木阿弥(もくあみ)とやら、今より高位の伸士の気取りの予想いかにあるものか、よくよく前後を思慮してもらいたい。

  われも52歳に達し、村長も嫌みを生じてきたので、向こう2か年間で断念、手を引き、気楽な生活をしたい。ついては、願いは学資ばかりも送金をしないようにしたいものだ。それとも早く目的を達した暁には、われらだけ交代で東京なり、田舎なり、随意に居住し、子孫の繁栄をはかり、野村家も大巻に継続することができればこの上の幸福はないことを期待するにほかない。

  前に述べたように、キクエの件は、もとより人身上自由婚姻の本位からあえて干渉したくはないが、家計上いかんともすることができない。篤と前途を考慮されたい。

  30円請求の金員の内、屋号久保に10円を託し、残り20円の内、その内10円も送金することとする。しかし、容易に金策の見込みがない。しばらくの間待ってほしい。この状況では到底大学卒業は覚束ない。高等学校限りにして退学し、何か適当な職務につく方はどうか。金は人を阻害することかくの如し。よくよく思考されたい。

  耕次郎は他に学業させることは到底不可能である。実にかわいそうであるがやむを得ない。卒業以来実業に従事させて幾分か家政の手助けとさせるのでこれまた断念されたい。

  繰り言ながら、キクエの離縁のことは、一朝一夕に断念することはできない。今度の夏休みに長一の帰郷を待って、とくと相談することとしよう。

  右のことは、誰にもいうことなかれ。佐比内村の叔父様にも秘密にしておくべし。

  われら夫婦で話し合いしたまでである。まつゑも大いに落胆して昨夜以来涙ぐんでいる。かつ前途の方針は暗黒である。あるいはこれまでたびたび過ぎた望みをもって、種々手段をもって学資を整えこれまで苦学させたのは、かえって親子とも一大禍失を招いたのではないかと悔悟の念がやまない。

  この件は、万々夏期休暇の際に譲る。久保老夫婦へはよく親切に市中を案内し出来るだけ尽くすようせよ。右用事まで、早々

  (追伸)秘報キクエを東京に呼び見習いのため、両3年修業させる途がないか。簡単に出来ぬものとせば、日下善作(キクエの実家)方へ相談を申し込んで見るのもよいだろう」という内容。

  前の手紙でも、薄々感じられたことであったが、この手紙で、長一の意中の女性、橋本ハナ(紫波町彦部、屋号柏屋の娘、日本女子大学附属高等女学校に在学中。後に長一の妻となる女性)のことが表面化した。ついては今の妻キクエの処遇に、父をはじめ家族は大変な苦慮をすることとなるのである。

  長一は、25歳、旧制東京第一高等学校を6月卒業予定。9月東京帝国大学法科大学(仏法)に進学。明治44年3月同大学授業料が続かず除籍。

  橋本ハナは、紫波町彦部の屋号柏屋、橋本亀太郎・タケの次女、明治21年3月18日生まれ。彦部尋常小学校、岩手県立高等女学校・日本女子大学附属高等女学校、同大学教育学部を明治43年4月卒業。この年19歳。

  キクエは、紫波町大巻の屋号門田竈、日下善作・ユキの3女。長一が盛岡中学4年(明治34年11月)の時、親同士の意向で結婚した、初めの妻。盛岡中学の生徒(長一が中心人物の一人)が、教師排斥運動を起した年である。

  (岩手県歌人クラブ副会長兼事務局長)

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