2008年 4月 17日 (木) 

       

■  〈北Gのライブトーク〉32 北島貞紀 花の下にも春死なむ(上)

 みんながプーさんと呼んでいた。顔や手や足、そしておなかが、すなわち体全体がぷくっとして、ぬいぐるみのクマのプーさんに似ていたからだが、定職を持っていなかったからという説もある。本名は覚えていない。紹介されたときは、ちゃんと名前を聞いたような気もするが。いずれにしろ、プーさんはギター弾きだった。

  大阪でピアノ弾きのプロとしてメシを食っていたころ、バンド志望の若手が僕の下に集まってきた。時々自分のバンドのメンバーや教えている生徒を中心にした飲み会をやっていたが、そのうわさを聞いてやってくるのだった。

  来る者拒まず、余計な接待もしない、勝手に楽しんでくれという雰囲気がよかったのか、いつも10人を超える宴会になった。

  そのころ、僕は30を少し越えたばかりで、昼は生徒に教え、夜はバンドのハコに入っていた。知人から格安で借りたマンションが3LDKなので、スペースだけは十分にあった。

  宴会といっても、飲めや唄(うた)えの大騒ぎではなく、それぞれが勝手に好きなものを飲み、音楽やバンドの話を肴(さかな)にわいわいやる、いわば同好会のコンパのようなノリだった。

  プーさんもそんなメンバーの一人だった。ぬいぐるみのプーさん同様、おっとりして柔和な顔立ちで、話の中心に座ることはなく、いつも聞き役に回っていた。そんなプーさんだったが、常に携帯していたものがある。トリスの小瓶だった。

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