2008年 5月2日 (金) 

       

■  〈EU見たまま〉イタリア編5 小野吉郎 水の都ヴェネツィア

     
  サンマルコ広場の豪壮なドゥカーレ宮殿  
 
サンマルコ広場の豪壮なドゥカーレ宮殿
 
  海上に浮かぶような都市で、ラグーナ(浅い海、潟)の上に杭を打ちこんで建てられた町。クルマの通らない、ゴンドラの町。数多くの運河に囲まれた水上都市、観光都市であり、ヨーロッパ人の好む新婚旅行地。

  ベネチアの盛衰

  中世には海上交通で、中近東や東洋との貿易で黄金時代を迎えた。当時のヨーロッパは東洋より文化の遅れをとっていたので、東洋への関心が強かった。マルコ・ポーロの著作が強い影響を与えた。

  しかしベネチアの繁栄は長続きしなかった。アドリア海より地の利のよい地中海岸のジェノバや、北海に面したアントワープや、アムステルダムからロンドンへと繁栄は移る。

  後にベネチアはナポレオンに占領され、オーストリア領を経て、統一されたイタリアに併合される。

  サンマルコ広場

  水の都の表玄関。市内の各広場中、ここだけが「ピアザ」と称されている。歴史上、常に政治と宗教の中心だった。世にいう美しいこの広場、ベネチアの富と技術の粋を集めてつくられたサンマルコ寺院を正面に、左右には旧行政庁と新行政庁だった建物が並ぶ。

  サンマルコ寺院

  町のシンボルの大寺院。828年にその守護聖人サンマルコの遺体をトルコに占領される寸前のエジプトのアレクサンドリアから、運び出し、この寺院におさめるために建てられた寺院だ。

  11世紀にはコンスタンティノープル(現イスタンブール)の寺院をモデルにしたビザンチン様式。17世紀まで幾度も改修され、豪華絢爛(ごうかけんらん)な寺院となる。

  地盤沈下と冬の雨の多さで、広場も寺院も水びたしになる。寺院の入口の上のテラスには4頭の青銅の馬の像が並んでいる。かつて十字軍がコンスタンティノープルから持ち帰った。当時は黄金色に輝いていたそうだ。

  聖書を主題にしたモザイク画や、ゴシック様式の光塔に施された彫刻も間近に見られる。

  ドッカーレ宮殿

  ベネチア共和国時代のドージェ(総督)の住いと最高の司法機関とがある。史上重要な決定はすべてここでなされた。9世紀に建てられ、幾度も改築され、現在のものは15世紀に完成した。

  内部の大評議員会の間の広さにはびっくりする。25歳以上の男性遺族が一堂に千人以上集められた。

  ティントレットの二大作品で飾られている「天国」は世界最大の油絵で22メートル×7メートルもある。天井画は35区画に分けられ、見るものを圧倒し、ベネチアの栄光をたたえている。

  カンパニール(大鐘楼)

  広場にそびえるこの塔は、灯台と見張りの塔をも兼ねていた。1902年のある朝、地盤沈下で突然崩れ落ちた。そして10年後に再建された。

  99メートルの頂上の金色の天使は風向きを知らせくれる。5つの鐘はそれぞれ違う音色があり、その組み合わせで美しいメロディーを奏でる。エレベーターで階上まであがれる。

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