■ 〈胡堂の父からの手紙〉162 八重嶋勲 覚悟の前ではあるが、ここまで苦しむとは…
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■223巻紙 明治40年5月4日付
宛 東京市小石川区高田老松町二十八番
吉田方
発 岩手縣紫波郡彦部村
前畧過日電報ニ依リ金三拾円電換ニ送金候筈定メテ受領セシラン、此金束(策)ノ為メ近所ニ問合セ又ハ日詰町ニ四日間詰合、中村謙三より一週間ノ契約ヲ以テ借入候、五円丈ハ終ニ取纒メ兼送金セサルハ残念ニ候、
久保ノ俶(叔)父様モ二、三日中ニ東京出立之由候得者、若シ荷造ノ都合宣敷ハ不用衣類古書籍ノ類委スル方可然候、
当年ノ卒業試験ハ平素より至難ナルベシ、今より油断ナク勉強相成度候、若シ落第スルニ於テハ継續スル事到底不出来ニ至ルベシ、毎度送金ニ非常手段ヲ以テ金配継續致居候、将来如何ニシテ送金スヘキヤ、実ニ心配之事ニ候、
キクエノ一件加之耕次郎勉強ノコトヤラ最モ同意ヲ表シ(ス)次第ニ候得共、家政ノ困難ハ将来ノ方法ニハ暗黒ニ候、併シ世ノ学者ハ其業ヲ遂クル間種々難関打破シテ初メテ其目的ヲ達スルモノ、豫メ承知致居事故覚悟ノ前ニハ候得共、此迄苦シミ此迄障碍ノアルモノトハ不思候、殊ニ耕次(郎)ノ田畑カセキ、キクエノ眞面目ニ仕事致居ルハ見ルモ気ノ毒ニ被存候、本年ノ夏休ミハ何日頃帰宅スルヤ、卒業アリテ東京ニ長居スルハ費用ヲ嵩メ無益コトナラン、一日モ早ク帰国スル様被致度度、殊ニ老母大ニ衰弱シ其帰リ日時ヲ聞カルヽハ実ニ難点候、岩動孝久氏ノ如キハ早クモ卒業シ、意外ノ立身セシ由、実ニウラヤマシク候、又大川源兵衛ノ如キ青色ノ顔ヲシテ在宅シ居ルハ気ノ毒ニ相見得候、
乙部村ノ鈴木学士ノ如キハ残念ニモ此頃養父死亡シ一時帰宅シテ庵寺ノ小僧ヲ勤メ飯炊キ草取リ水クミ迄一切自分ノ手一ツニテ致居ルトノ好評有之候、
右用事迄、余ハ後便ト申残ス、早々
野村長四郎
野村長一殿
佐原□太郎、庄兵衛、藤原善治、野村等ヘハ義兄弟ノ如ク何分親シク致シ居方自分ノ為メ勿論幾分カ家ノ為メニモ相成コトナラン、常ニ心掛セラレ度候
【解説】「前略、過日電報為替で金30円送金した。きっと受領したことであろう。この金策のため近所に問い合わせ、または日詰町に4日間通い詰め、中村謙三より1週間の契約でやっと借入した。5円だけはついに取りまとめかね送金出来なかったことは残念である。
佐比内の屋号久保の叔父(母方の叔父石杜冨蔵)様も2、3日中に東京を出立するとのことであるので、もし荷造りの都合がよかったなら、不用の衣類、古書籍の類を依頼すればよいと思う。
当年の卒業試験は平素の試験より難しいであろう。今より油断なく勉強するようにされたい。もし落第するようなことがあっては継続することは到底出来ないであろう。毎度送金には非常手段をもって金繰りし継続している。将来いかにして送金すべきや。実に心配である。
キクエ(長一の初めの妻)の一件に加えて耕次郎より進学し勉強したい、何とか同意して欲しいと言われているが、家政困難で将来の方法が考えられず暗黒である。
しかし世の学者はその業を遂げるまでの間は種々の難関を打破して初めてその目的を達するものと、あらかじめ承知しているので覚悟の前ではあるが、これまで苦しみ、ここまで障碍があるものとは思わなかった。
ことに耕次郎の田畑稼ぎ、キクエが真面目に仕事しているのは見るも気の毒に思われる。
本年の夏休みは、何日頃帰宅するや。卒業して東京に長居するのは費用がかさみ無益なことであろう。1日も早く帰国するようにせよ。ことに老母大いに衰弱し、長一の帰りはいつかと聞かれ、答えるのが実に難しい。
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長一の旧来の親友岩動孝久 |
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岩動孝久(俳号露子、長一の旧来の親友)氏のごときは早くも卒業し、意外の立身をしたとのこと、実にうらやましい。一方、大川源兵衛(長一の親友)のごときは青色の顔をして在宅しているのは気の毒に見える。
乙部村の鈴木学士のごときは残念にもこの頃養父が死亡し一時帰宅して庵寺の小僧を勤め、飯炊き、草取り、水汲みまで一切自分の手一つでやっているとのことで世間の好評がある。
右用事まで、余は後便と申し残す、早々
野村長四郎
野村長一殿
佐原□太郎、庄兵衛、藤原善治、野村等へは義兄弟の如く何分親しくしておく方が自分のため、もちろん幾分か家のためにもなることと思われるので、常に心掛けられたい。」という内容。
長一から、35円の送金要求があったのであろう。父長四郎は隣近所を廻り借金を申し込み、日詰町に4日通って中村謙三から30円を1週間の約束でやっと借り受けて送金、あと5円は借入できなかったことを残念に思っているのである。もちろん1週間のうちにまた金策に苦心しなければならないのは自明の理である。もし、旧制一高を今回卒業できなかったなら、今後の学費送金はどうなるか。
2年後には、任期切れで彦部村村長を辞任しなければならない。長一の妻の離縁の問題、弟耕次郎の進学問題などまさに先が暗黒なのである。
長一は、この6月、無事旧制一高を卒業するのである。25歳。父51歳。
(岩手県歌人クラブ副会長兼事務局長) |
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