2008年 5月8日 (木) 

       

■  達増知事、南米訪問へ ブラジルで杉村濬の墓参りも

 達増知事は6月8日から南米のブラジル、パラグアイを訪問する。招待されたブラジル岩手県人会創立50周年記念式典出席のためだが、併せて隣国のパラグアイも訪ね、県人会と懇談する。ブラジルでは盛岡出身で駐ブラジル日本公使だった杉村濬(ふかし)氏の墓碑に墓参する。杉村はブラジルでの移民事業に尽くし、今年は日本人移住100周年にも当たる。

 現地には9日に到着。ブラジル経由でパラグアイに入り、11日までアスンシオン、ピラポ、イグアスの3県人会を訪問し、12日にブラジル・リオデジャネイロへ。在リオデジャネイロ総領事館との懇談が予定されている。13日は杉村氏の墓碑を訪れる。

  式典のあるサンパウロには14日に移動。日本移民慰霊碑を参拝し、式典前夜祭に出席。15日の式典に出席し、在サンパウロ総領事館との懇談も予定している。滞在最終日の16日は海外県人会との懇談やサンパウロ州政府との懇談が見込まれている。

  帰県は18日。渡辺幸貫県議会議長も訪問する。

  達増知事は訪問について「今、岩手県に住民票がある人だけが岩手県民だとは思っていない。南米に渡って開拓して苦労し、新しい生活をつくっていった人たちには同胞として皆さんがどういうふうになっているかを岩手の側で確認したい。岩手がどうなっているかを直接伝え、遠く離れてはいるが同じ岩手県人として心を通わせることができれば」と意義を話している。

  郷土の先人で、外務省の先輩にも当たる杉村濬氏に対しては「地球全体をフィールドとして岩手人がどう自己実現していくかという発想で、ブラジル移民の推進に力を入れ、その結果、大勢の移民が経済的、社会的に成功し、広い地球を舞台に活躍する礎となられた」と評価。杉村氏の「思いをしっかり受け継いでいきたい」との気持ちで墓参するという。

  杉村氏は1848年(弘化5年)、盛岡藩士の家に生まれ、外交畑で活躍。1904年(明治37年)にブラジル駐在を命ぜられ翌年、リオデジャネイロに着任。ブラジルは日本人移住に適さないという前任者までの評価を覆させ、移民事業の促進に尽力した。1906年、ブラジルで客死、リオデジャネイロに埋葬された。第1回日本人移住者がブラジルに渡ったのは1908年。移住者を乗せた笠戸丸が6月18日、ブラジル・サントス港に入港した。

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