【啄木の短歌】
やはらかに柳あをめる
北上の岸辺目に見ゆ
泣けとごとくに
〔『一握の砂』215〕
〔現代語訳〕柔らかに柳が(芽をふいて)青くなっている北上川の岸辺が目に見えるように浮かぶのです。(まるで)泣けとでもいうように。〔『一握の砂』215〕
【賢治】
対岸に
人、石をつむ
人、石を
積めどさびしき
水銀の川
〔「歌稿〔B〕」153〕
〔現代語訳〕対岸に人が石を積んでいます。人が石を積んでいますが、寂しいこの水銀色の川です。
〔評釈〕啄木と賢治にとって北上川がどんなに重要な川であるかは今さら説くまでもないことであろうが、岩手は一年の間でも最も美しい木々の若芽の季節である。この季節と北上川にちなんで、二つのことのみを記しておこう。一つは、北上川を挟んで、岩手山と姫神山のような千メートルを越える山があるのは珍しいと指摘した地理学者の米地文夫博士の言である。もう一つは、この美しさのために、わざわざ韓国から夫君を初めとした関係者を連れて来られた韓国啄木学会会長の孫順玉博士である。抽出した両歌とも、啄木・賢治にとって重要な北上川にふさわしく二人の代表歌である。
啄木歌は、伝記的には、東京で詠んだ回想歌であるが、「北上の岸辺目に見ゆ/泣けとごとくに」の表現には、回想と実景が渾然一体となっている話者がいる。賢治歌も、彼の短歌的力量が、発想の点のみでなく、いわゆる短歌的節調の点でも侮ることのできないレベルに達していたことを示して余すところがない。
(盛岡大学長) |