【啄木の短歌】
ふるさと停車場路(みち)の
川ばたの
胡桃(くるみ)の下に小石拾へり
〔『一握の砂』251〕
〔現代語訳〕故郷の停車場へ通じる道の川のほとりのクルミ(胡桃)の下で小さな石を拾ったのです。
【賢治の短歌】
鬼ぐるみ
黄金(きん)のあかごらいまだ来ず
さゆらぐ梢
あさひを喰(は)めり。
〔「歌稿〔B〕」754〕
〔現代語訳〕鬼グルミは、その(尾状に垂れ下がった花穂の)「黄金の赤子」が未だついていません。揺れている梢(こずえ)は、朝日を食べて(輝いて)います。
〔評釈〕クルミは、クルミ科の落葉高木。クルミ属は、北半球に約十五種。オニグルミは、ヒメグルミと並んで日本の自生種。日本全土の山野の流れに沿って生えるものが多い。花を春先につけるが、前年の枝に緑色の雄花穂が尾状にたれ下がり、雌花穂はその年の若枝の先に直立する〔『マイペディア』〕。啄木の場合は、言うまでもなく回想歌。クルミは、啄木にとって特別の植物であったとは言い難いが、「胡桃の下に小石拾へり」のような些事にも、「故郷」への思いは募るのである。
賢治のクルミは、啄木の場合よりも思い位置を占めているとしてよいだろう。短歌ばかりでなく、詩、童話など色々なところに顔を出すが、その尾状の花を「(黄)金のあかご」と呼んだのは有名で、短歌においても「七〇九歌、七五五歌」にも歌われている。「黄金のあかご」は「文脈比喩(ゆ)」で、しかも「結合比喩」。「梢VS喰めり」は結合比喩で、〈基盤としての結合比喩〉はここでも健在。
(盛岡大学長)
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