2008年 5月16日 (金) 

       

■  紫波は歴史の大舞台 工藤名誉教授が講演

     
  赤石公民館で講演する工藤雅樹福島大学名誉教授  
 
赤石公民館で講演する工藤雅樹福島大学名誉教授
 
  平泉世界遺産登録推薦書作成委員長の工藤雅樹福島大学名誉教授が15日、「奥州平泉と紫波」をテーマに紫波町赤石地区の赤石公民館で講演した。紫波郷土史同好会(佐々木忠夫会長)の主催。

  同好会の今年度第1回研修会で行われたもので、町民約70人が参加し工藤名誉教授の語る平泉と紫波町の歴史的な深いつながりについて熱心に聞いていた。

  工藤名誉教授は朝廷による奥州支配の変化を説明した。最初は中央貴族を派遣する形だったが、次の段階では地元豪族の安倍氏が影響力を行使して奧六郡を支配。前九年合戦後の清原氏の時代には現在の北東北まで、後三年の合戦後には藤原清衡が南東北まで支配の範囲を拡大。東北全域に影響力を発揮するようになったと説明。

  紫波町と平泉とのかかわりについて「頼朝が別働隊と合流したのが樋爪(ひづめ)、合計28万4千騎がこのあたり一帯に陣を置いた。そして陣が岡の地に泰衡の首が届けられた。頼朝は高水寺に伊豆にある走湯神社を勧請した。高水寺は以後、源氏の守り神の位置付けられた。藤原氏から源氏へと権力者の交代する重要な一場面一場面は、平泉よりも紫波で起きていると考えてほしい」と、時代の変換のポイントに紫波があったことを語って聞かせた。

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