2008年 9月 13日 (土) 

       

■ 〈研究者は何を思ってきたか〜岩手大学ミュージアム〉3 北上川清流化(下)

     
  「鉄バクテリア酸化−炭カル中和方式」が採用された旧松尾鉱山新中和処理施設  
  「鉄バクテリア酸化−炭カル中和方式」が採用された旧松尾鉱山新中和処理施設
 
旧松尾鉱山の坑廃水のpH値が極端に低いのは、硫黄を採るために掘られた坑道の中に、雨水や地下水が入り込み、鉱石が水と酸素に触れて酸性水が発生するためだ。源流は澄んでいるが下流へいくほど川が赤味を帯びるのは、含まれる鉄分が川を流れる間に酸化され、赤い沈殿物に変わるからだという。この酸化反応は、鉄酸化バクテリアと呼ばれる石をも溶かす微生物の働きが関係している。

  坑廃水の金属イオンの鉄の大部分は第一鉄イオン。含まれる鉄分やひ素を沈殿させて除去するためにはpH値を少なくとも中性を示す7以上にしなければならない。

  恒久対策が決まるまでの間、暫定的に中和処理を引き受けた当時の建設省は中和剤として大量の炭酸カルシウムを投入。さらに洪水期にはダムの水位を下げるために放流量を上げざるを得ず、中和効果も高いが、単価も5倍の消石灰を投入しなければならなかった。

  そこで後藤達夫さん(岩手大工学部名誉教授)が考えたのが、鉄酸化バクテリアを使って第一鉄イオンを第二鉄イオンに酸化する方法だ。鉄分を第二鉄イオンに酸化できれば、少ない量の炭酸カルシウムでの中和が可能になり中和沈殿物の処理も容易になる。コストも抑えられる。この方法は岡山県の〓原(やなはら)鉱山で実用化されていた。
     
  新中和施設の坑廃水の流出口。現在も2つの流出口から毎分約17トンの強酸性水がわき出る  
  新中和施設の坑廃水の流出口。現在も2つの流出口から毎分約17トンの強酸性水がわき出る  
  北上川開運橋そばの木伏緑地公園に立つ記念碑。「清流よ、永遠に」は後藤さんの揮毫  
  北上川開運橋そばの木伏緑地公園に立つ記念碑。「清流よ、永遠に」は後藤さんの揮毫  

  しかし、東洋一の規模、しかも厳寒地の松尾鉱山で実現できるのか。当時、後藤さんのもとで松尾鉱山の坑廃水にひそむ鉄酸化細菌を調査したのが同大農学部名誉教授の若尾紀夫さん(67)。「バクテリアの存在は分かっていても、これを中和処理に使えるか、実証していくのは大変な作業だった」と振り返る。若尾さんらが収集したデータをもとに後藤さんの実験室では酸化時間の短縮や連続処理の方法を編み出す実験が繰り返された。

  73年冬には、〓原鉱山の中和処理を担当していた専門業者が試験装置を用いた現地でのランニングテストを実施。寒冷地であってもバクテリアが十分に働くことが証明された。

  最終的に専門委員会は「鉄バクテリア酸化−炭カル中和方式」を答申。76年8月、この方式で新たな中和処理施設を旧松尾鉱山元山地区に建設することが決まった。

  県が通産省の補助を受けて77年8月に建設工事に着手。中和処理施設に約62億円、貯泥ダムに約31億円を費やし81年11月に完成した。鉱毒防止義務者不在の後始末とあって、施設の維持管理の責任をどこが持つかもめたが、82年4月から県の委託を受けた独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(旧金属鉱業事業団)が実施している。

  「清流よ、永遠に」。岩手山を望む開運橋上流の北上川のほとりには後藤さんが揮毫(きごう)した碑が立つ。「母なる川」はよみがえった。サケやアユが戻り自然の豊かさを象徴している。ただ、この清流はあくまで中和処理施設の稼働の上に成り立つ。中和処理費用、施設維持にかかる年間費用は現在、約5億円。坑廃水の水質が少しずつ向上し、稼働開始当時に比べ処理費用は減っているものの、施設の老朽化に伴うメンテナンス費用の増大、災害対策など新たな課題も抱える。中和反応による沈殿物を堆積する貯泥ダムの寿命はあと80年と言われる。

  清流を取り戻す根本的な対策は次世代へ宿題として残された。「思い込んだら命がけで真実を追い、世の人のために行動してほしい。ファイトを持たなければ」。人生を北上川にかけた後藤さんは若い世代の活躍を心から期待する。(馬場恵記者、この連載は不定期で掲載します)

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