2009年 1月 11日 (日) 

       

■ 〈胡堂の父からの手紙〉198 八重嶋勲 皆々喜び、手紙を出していないのを悔いた者も

 ■262 巻紙 明治41年3月30日付

宛 東京市麹町区飯田町四丁目三十一日
                松館 
発 岩手縣紫波郡彦部村
前畧過日金員之請求有之候得共未タ送金致兼居候、四日中ニ送金可致候、
本日図書館員ノ噺シニ面白(キ)手紙アリタリトノコト皆々喜ヒ文通セサルヲ悔居ルモノモ有之様ニ見受候、
目下ハ學校ニ出テ居ルヤ、否ヤ、出校シアルモノトセバ其状況報導セラルベシ、第二期分授業料モ納付セリ、第三キハ来ル四月十五、六日ニハ送金致度心組ニ候、病状如何ナルカ取急キ注射治療ニ着手スル方可然、稍ヤ全快ニ趣キタル人ハ一ヶ月、一週間位ツヽ一ヶ年モ之レヲ施行スルトキハ敢テ薬用モ不必用(要)ノ由、木村政太郎医師話シ居候、果シテ然ルモノトセハ薬費モ滅シ(ス)ル事ナラン、朝夕水ニテ身體マサツスルコトハ不怠、今ヨリ数年間ノ予定ニテヤル方可然候、本日玉子六十個差立候、若シ今時写真ヲ取ルコトアル場合、必ラス一枚ツゝ送付スベシ、
送金ニハ一回毎ニ困難ヲ告ケ今後ハ叔父様達ノ救助ニアラサレバ、他ニ求ムヘキ途無之ニ立至候、
村長も近々辞職スル覚悟致居候、應援呉ルゝ人々モ澤山有之候得共、村會議(員)十二人ノ内三、四人ニ止リ、過半反對人々故、何事モ成立セス、殊ニ手前ニハ金員欠乏ノ為メ充分ノ口述モ不出来次第、実ニ残念ニ候、
祖母モ夏頃之様起外不出来床ニテ其侭便シ、昼夜人ヲ喚ヒ體中ニ床傷憫然ナレ共不止得、生命モ今夏頃迄ハ六ツヶ敷カラント被想候、
是ヨリ人事ヲ申述候、
作山定三ハ台湾ニテ放蕩シ父不顧送金一切セザル為メ困シ居様子ナリ、
賢治仙台酒屋ヨリ病気帰村昨今重症ナル由ナリ、
隣家赤川吉太郎妻当月六日病死セリ、
T・Iハ役場ヲ出テ遊ヒ居候、世間ノ大笑モノトナリ、点(恬)トシテ辱ヲ知サルモノゝ如シ、
佐藤庄兵衛昨十日頃ヨリ一切音聲立ゝ(タ)ス、岩手病院カケツカクナリト診断セル由、生不遠モノゝ由ナリ、
石ケ森教全之レモ同断ナリト、
日下吉三郎離縁申込妻ノモト同人ト同行シテ一家ヲ立ツル計画ノ由、他人モ此両人ノ仕打ヲ悪シ居候(善作ニ長男出生セシ為ナリ)、
キクヱハ無評克ク勤メ居候、
目下尋常小学校六ヶ年義務教育ノ為メ両校共狭隘ヲ告ケ、一時校舎需要見ルニ至リ、従テ木材ノ高價前年ニ比シ殆ント三倍、困難シ居候、余ハ後便、右用事迄、早々
    三月廿日     村野長四郎
     長一殿
通学ノ事、注射ノ事、水フキノ事、物品整理ノ事、
一回井豊より百五十円、中野ヨリ四十円借受ケタルニ付礼状発セシナラ如何、尚将来ヲ頼ミ、病気全快ノ事、肥得シテ東京ニ帰リタル、友人ノ観如何ナルカ、医師、保積其他ノ観、如何ナルカ、
別紙ハ先達文官試験ノ問題ナリ、
 
  【解説】「前略、過日金の請求があったが、まだ送金いたしかねている。4日中に送金しよう。

  本日図書館員の話で、長一から面白い手紙があったと、皆々喜び、手紙をだしていないのを悔いていた者もあった。

  目下は学校に出ているや、否や。出校しているというのであればその状況を知らせるように。第2期分の授業料も納付した。第3期は来る4月15、6日には送金したいとおもっている。病状はいかなるや、取り急ぎ注射治療に入るのがよいのではないか。やや全快した人は、1カ月、1週間位ずつ1カ年もこれを行うと敢えて薬用も不必要とのこと、日詰町の木村政太郎医師が話していた。果してそうであるとすれば薬代も減ることであろう。朝夕水で身体摩擦することを怠らず、今から数年間の予定でやるのもよいだろう。

  本日鶏卵を60個差し立てた。もし今後写真をとることがある場合は、必らず1枚ずつ送付せよ。

  送金には、1回ごとに困難であることを告げ、今後は叔父様たちの救助がなければ、他に求むるべき途がないようになってしまった。

  村長も近々辞職する覚悟をしている。応援してくれる人々もたくさんあるけれども、村会議員、12人の内、3、4人にとどまり、過半が反対の人々であるので、何事も成立せず、ことに手前には、金の欠乏のため、十分の口述もできない次第で実に残念である。

  祖母も夏頃のように起き出ることができないので、寝たまま便をし、昼夜人を呼び体中に床擦れができて憐れであるがやむを得ない。生命も今夏頃までは、難しいと思われる。

  これより人事を申し述べる。

  作山定三は台湾で放蕩(とう)し父が顧みず、送金を一切しないため困っているようである。

  賢治は仙台の酒屋から病気で帰村し、昨今重症であるとのことである。

  隣家の赤川吉太郎妻が当月六日病死した。

  T・Iは役場を退職して遊びおり、世間の大笑い者となっているが、恬(てん)として恥を知らないもののようである。

  佐藤庄兵衛は、昨10日頃から一切音声立てず、岩手病院が結核であると診断したということである。命も遠からない者ののようである。

  石ケ森教全これも同断なりと。

  日下吉三郎離縁申し込み妻のモト、同人と同行して一家を立てる計画とのこと。他人もこの両人の仕打ちを悪くいっている。(善作に長男が出生したためなり)。

  キクヱは無評よく勤めている。

  目下尋常小学校6カ年義務教育のため両校共狭隘(あい)で、一時校舎の需要が必要になり、したがって木材が高価、前年に比べほとんど3倍で困難している。余は後便。右用事まで。早々
  (追伸)

  通学の事、注射の事、冷水摩擦の事、物品整理の事、

  1回井豊商店(野村豊治、野村家の分家筋)より150円、佐比内村の屋号中野(長一の母の実家、叔父)から40円借り受けたので礼状を出してはどうか。なお、将来を頼み、病気全快の事、太って東京に帰ったこと、友人の観はいかがか、医師、保積その他の観はいかがなるか。

  別紙は先だっての文官試験の問題である。」という内容。

  学費の金策は、井豊(野村家の分家筋)と、佐比内村の叔父様たちしか頼るところがなくなってしまった。そして、もうすでに借りはじめており、長一から礼状と病気全快のようすを知らせるようにせよ、と指示している。

(県歌人クラブ副会長兼事務局長)

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