2009年 1月 13日 (火)

       

■  〈杜陵随想〉石井實 まぼろしのチロル

 世界的不況による雇用不安がささやかれる昨今、ちょっと視点は違うが今から15年ほど前、盛岡地方振興局などが音頭を取って作った若者の定住促進を掲げた「クレヨン構想」を思い出した。わたしもこの「クレヨン構想」の策定に参加させてもらったが、この構想では若者の盛岡地域への定住促進のほかに盛岡を中心に「地域イメージ統合戦略」を打ち立ててここを対外的に売り出そうという狙いもあった。

  若者に限らず人々を地域に定着させるためには雇用などの環境整備も必要だが、住み良いイメージ作りも大事なことはいうまでもない。知名度が決して高くはないこの地域を発信するにはどうしたらよいのか、いろいろと知恵が紋られたが、やはり豊かな自然と優れた景観を活用するにこしたことはないということになった。

  わたしは特に地域のイメージを端的に表現するネーミングが必要ではないかと提言した。それは例えば地域を象徴するように「日本アルプス」とか「常磐ハワイ」のような大げさにいえば国際的に通用する愛称がほしいという意味でもあった。

  その上で、たまたま文化勲章授章者でわが国有数の風景画家でもあった東山魁夷画伯がかつて「盛岡地方の風景はチロルに似ている」とされた見方にまったく同感であるから、盛岡圏域一帯を「日本のチロル」とか「東洋の(イースタン)チロル」などと呼ぶのはどうだろうかと提言をした。東山画伯がどういう場所がどのようにチロルに似ていると感想を抱かれたかは定かではないが、自然環境に類似性を感じ取られたのは確かなようだ。

  チロルは周知のようにオーストリアの西部とイタリアの北東部のアルプス山ろく地帯をいうのだが、風光明美な観光地・リゾート地として有名で、牧歌的な詩情にあふれる地域でもある。しかも古い歴史と多彩な芸術文化に恵まれていて、首都のインスブルックはイン川に臨み、北にハーフエレカー山が聳(しょう)立する森に囲まれた中世以来の古都でチロル州の政治、経済、文化の中心地であり、観光地としても知られ、冬季オリンピックの開催地でも有名である。

  一方盛岡圏域はチロルに比べれば格が落ちるのは確かだが、岩手山や八幡平などの山岳地帯、安比の高原風景をはじめ森林、川、水、温泉、スキーなどのリゾート、牧野や農村風景、また中心地の盛岡も不来方城址(城がないのは残念だが)を中心とした中世以来の歴史のある文化都市でもあり大いに自信を持っていいと思う。

  しかし、このネーミングの思いつきに賛同を得るのは難しかった。特にこのアイデアを既に亡くなられているが元岩手銀行頭取で盛岡商工会議所の会頭でもあった石井富士雄氏に内々伺ってみたが一蹴(いっしゅう)されてしまった。石井会頭は県内経済界の重鎮であり世界アルペンスキー選手権盛岡・雫石大会の招致開催に尽力し、アルプス地方には該博な知織を持たれていたのでざっくばらんに聞いてみたのだが渋い顔をされた。

  会頭の意見では、「地域のイメージはそう簡単につくれるものではない。第一チロルには特異な国家構成の歴史、文化や民俗風習があり、盛岡と比べるのには無理がある。単に雰囲気が似ているからといって異なる文化圏域の地名を標ぼうするのはおこがましいことだ」と手厳しかった。

  会頭は、同姓でわたしが大学の同じ学部の後輩でもあるという気安さもあって突飛な発想を戒められたのだと思う。

  冷静に考れば、確かにその通りかもしれないと感じたが、新しいイメージの発信には多少のこじつけも必要だし、意想外の発想も欠かせないときもあると思った。

  今、盛岡タイムスに連載されている北イタリアのアジアゴに在住されている及川彩子さんの「イタリアンチロルの昼下がり」はチロル地方の人々の生活が生き生きと描かれているが、生業(なりわい)や祭りなどのさまざまな生きざまに盛岡地域に住む人々の暮らしぶりがオーバーラップしてならないのは思い過ごしなのだろうか。

  ともあれ、この地方を「イースタンチロル」と呼べる日はなかなか来ないようだ。

  (盛岡市つつじが丘)

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