2009年 1月 15日 (木)

       

■  〈北Gのライブトーク〉70 北島貞紀 がんばれジョニー

 その日の夕方、僕はチケットを握りしめて、市立体育館に向かった。それは、自分でチケットを買って出かけた初めてのコンサートだった。田舎の高校2年生にとって、それは大きな冒険だった。そのコンサートは、人気絶頂の「ザ・タイガース」だった。
 
  一昨年の秋ごろ、都南文化会館「キャラホール」に沢田研二のコンサートを見に行った。たまたまチケットをいただいたので出かけたが、客入りは7割くらいであった。あのジュリーが、このクラスでのステージかと思うと、いささか寂寥(せきりょう)の思いにとらわれた。

  さて、キャラホールのステージに登場したジュリー、一瞬コロッケかと思った。顔にも腹にも尻にも肉がついている。えぇー、これがあのジュリーか?時々、ステージの上を走り回るのだが、上半身が先に行って足がついていかない。ドテドテといった感じである。

  僕の中での沢田研二は、「時の過ぎ行くままに」「勝手にしやがれ」「TOKIO」あたりで、とまっている。だから、沢田研二は永遠のスーパースターというイメージである。けれども、TOKIOがヒットしたのが1980年、もう25年も前のことになる。

  その日のコンサートでは、僕が知っている曲は、ほんの数曲しか歌わなかった。ちょっと心残りもあったが、そこにジュリーの歌手としてのこだわり、矜持(きょうじ)を見た。過去の栄光を懐かしむのではなく、進化を続ける自分を見てくれという自信が伝わった。

  昨年末、ジュリーはデビュー40周年の記念コンサートを行った。観客3万人、6時間を越える恐るべきコンサートで80曲を歌いきった。最後まで声量が衰えることはなかった。

  1曲終わるたびに「ありがとう、サンキュー、ありがとうね!」の3つの言葉だけで歌い続けるジュリー。やっぱりあなたはスーパースターだ!

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