2009年 1月 21日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉108 伊藤幸子 「百歳歌人」

 百年はめでたしめでたし 我にありては生きて汚き 百年なりき
  土屋文明
 
  百歳歌人、土屋文明。教科書でも習い、常に仰ぎ見る偉大なる存在の方であった。その訃を聞いたのは、平成2年12月8日、通勤のバスの中だった。同年9月18日に満百歳を迎えられたばかり。こんな寒い日に、太平洋戦争開戦の日に、日本を代表する大歌人が亡くなられたかと厳粛な思いにとらわれた。

  この作品は、前年、数え年の百歳を意識して詠まれたものといわれる。「めでたしめでたし」は、自らその域に達した者の自然なつぶやきであろう。大らかな自祝の思いに、いやまさる客観性をふまえて、しかし、と一呼吸置き、「我にありては」と息をつぐ。そして「生きて汚き百年なりき」と歌い納める。その崇高孤絶の思いはとても推しはかれないけれど、私もあと40年もしたら、ああこのことだったのかとわかるようになるかもしれない。

  私は、文明作品ならなんといっても「小工場に酸素熔接のひらめき立ち砂町四十町(しじつちゃう)夜ならむとす」がいちばん好き。十代の自分の昂(たかぶ)りが見えてくる。昭和10年刊の「山谷集」の江戸川区界隈11首中のものである。

  私は上京すると、よく東西線を利用する。門前仲町、木場、東陽町、南砂町と来ると、いつも電車の窓に目をこらして、文明の歩いた町並みを想像する。いたく破調だが「夕日落つる葛西(かさい)の橋に到りつき返り見ぬ靄(もや)の中にとどろく東京を」という歌もある。南砂町をすぎると西葛西、この橋を渡るとき、決まって「揺れますからご注意下さい」と車内アナウンスが流れ、かなり揺れる。

  文明には食の歌も多い。「ネギは五分ちぎりコンニャク味噌のたれああたのし今宵は馬肉を食はむ」「身をつくり肝(きも)を煮込みてぶり一尾に半日遊ぶたのしかりけり」読む側も口腹が満たされる。そして「みちのくより帰り来む君われは待つ肥えたる雉子(きぎす)さげて来たまへ」とは茂吉翁のことか。健啖家(けんたんか)の談笑いかばかり。

  時移り人変れども「核の争ひ金を取りあひも聞くのみの国にめでたき年来たるべし」と言い置いて逝った百歳歌人のめでたさを思うことである。

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします