2009年 1月 24日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉92 岡澤敏男

 ■海賊船「大輝丸」のパロディ

  続橋(つづきはし)達雄氏は童話「氷河鼠の毛皮」は、〈大輝丸(おおきまる)事件〉に触発されて書いたものではないかと「宮沢賢治・童話の世界」(桜楓社・昭和44年10月)で指摘している。

  この大輝丸とは大正11年10月上旬に日本人60余名で組織した海賊船のことで、北樺太ア港(アレクサンドロフク)付近に現れ航行中の帆船を襲い乗組みのロシア人、朝鮮人、支那人17名を虐殺し多量の積荷を略奪した事件でした。

  海賊団長は茨城県結城町で剣道場経営の江連(えつれ)力一郎で、日本橋鹿島ビル6F日本工商且nq田龍治と参謀本部の了解を得たと称する島田(徳治?)並みに江連の妻の伯父石川春次が共謀して60余名の人夫を募集し組織を作った。

  この海賊行為は船員2人の自首により明るみにされ、首謀者数名は大正14年に12年の懲役刑に処せられたという。

  この事件は、「恐るべき海賊船/大輝丸の虐殺団/北樺太に於ける暴状」と大正11年12月13日の「岩手日報」に報じられ、14日の「岩手毎日新聞」も「邦人から成る/海賊船横行/北樺太ア港付近で/露支鮮人十七名を殺す」と報じている。

  続報記事は連日紙面に掲載され、なかでも18日午後6時頃〈海賊団長〉江連と同人妻ウメ等一行が盛岡駅を通過した際、日報は「海賊団長と同乗の記」のレポートを掲載したりして県民の関心を高めたこととみられる。

  取り調べに江連は「日本の国策に準じた」と豪語し、ウメ夫人も「パルチザン(尼港の)の残虐行為に対し復讐をしたもので破廉恥罪を犯したのではない」と夫をかばったという記事もみられ、尼港事件に対して日本軍が「保障占領」中の北樺太海域で発生した海賊事件だったことから、さぞ検察当局も困惑したことと思われます。

  この事件を見透かしたような革命ロシア非公式駐日代表の談話を12月11日の「岩手日報」が載せ、「日本人に似合わぬ/残虐非道のこと/アントノフ氏の奇抜な皮肉」の見出しが踊っている。

  「今回の大輝丸事件は、パルチザンの一団が大正九年の尼港に於いて多数の日本人を惨殺したことと大小はあるが性質は同一である。日本政府は、ロシア政府と無関係である尼港におけるパルチザンの行動を理由にサガレンに駐兵し同地を占領している。しかしロシアは北樺太の海賊事件を理由に北海道・千島を決して占領しないから安心しなさい」と皮肉たっぷり語ったという。

  賢治は〈恐るべき海賊船/大輝丸の虐殺〉に関する一連の記事のなかで、このアントノフ駐日代表の談話に触発されるものがあったと思われる。パルチザンといい大輝丸といい「大小はあっても」人道を無視した虐殺の性質は同一で、シベリア派兵による尼港事件の悲劇や、無分別な復讐の輪廻を断つことが人道の転生に必要だという認識だったのでしょう。そうした認識を踏まえて童話「氷河鼠の毛皮」が作成されたとみられます。すなわちベーリング行超特急で黒狐の毛皮九百枚を収奪するイーハトヴ(日本軍)のタイチに対し、白熊(熊はロシアの比喩)めいた男達(パルチザン)がハイジャックして捕虜にしたタイチを連れ去ろうとした瞬間、船乗りらしいナゾの乗客が救うという逆転オチにしました。しかしナゾの乗客をして「おい熊ども。きさまのしたことは尤もだ。けれどもなおれたちだつて仕方ない。生きてゐるにはきもの着なけあいけないんだ。おまへたちが魚をとるやうなもんだぜ。けれどもあんまり無法なことはこれから気を付けるやうに言うから今度はゆるして呉れ」とパルチザンの立場に理解を表明させたのは、まさにシベリア派兵↓尼港事件への賢治の認識を示すものとみられるのです。

 ■童話「氷河鼠の毛皮」より抜粋(3)

  そのとき俄かに外ががやがやしてそれからいきなり扉ががたつと開き朝日がビールのやうにながれ込みました。赤ひげがまるで違つた物凄い顔をしてピカピカするピストルをつきつけてはひつて来ました。

  そのあとから二十人ばかりのすざまじい顔つきをした人がどうもそれは人といふよりは白熊といつた方がいいやうな…ものが変な仮面をかぶつたりえり巻きを眼まで上げたりして…大きなピストルをみんな握つて車室の中にはひつて来ました。

『こいつがイーハトヴのタイチだ。ふらちなやつだ。イーハトヴの冬の着物の上にねラツコ裏の内外套と海狸の中外套と黒狐裏表の外外套を着ようといふんだ。おまけにパテント外套と氷河鼠の頚のところの毛皮だけでこさへた上着を着ようといふやつだ。これから黒狐の毛皮九百枚とるとぬかすんだ。叩き出せ。』

  二番目の黒と白の斑の仮面をかぶつた男がタイチの首すぢをつかんで引きずり起こしました。残りのものは油断なく車室中にピストルを向けてにらみつけてゐました。

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