2009年 1月 30日 (金)

       

■ 〈北Gのライブトーク〉72 北島貞紀 実は浅見光彦ファン

 推理小説をよく読む。中でも内田康夫氏の「浅見光彦シリーズ」はよく読んでいる。その理由はいくつかある。まず、読みやすいこと。文章に引っ掛かりがなくすらすら読める。

  それから、浅見光彦の良家のお坊ちゃんらしさがよい。警視局長の兄がいるという、水戸黄門の印籠のような設定も悪くない。さらに殺人事件の描写に陰惨さがない。

  そして、どの作品にも単なる謎解きだけではなく、余韻というかロマンというか、ちょっとした文学性を感じるのだ。その上多作なので、古本屋で手に入る。だから、いつも家には2、3冊未読の浅見光彦シリーズがおいてある。ちょっとした精神安定剤だ。

  ただ、余りに多作なため、前に読んだ本をよく買ってしまう。ところがよくしたもので、読んだことがあることには途中で気づくのだが、筋を忘れてしまっているので最後まで読んで楽しめるのだ。そのうち、本は1冊でことが足りるようになるのかも知れない。

  内田氏は作品の創作について、ストーリーの展開や結末を考えずに書き出すと再三述べている。基本的にはトラベルミステリーなので、その地域を取材し、とりあえず殺人事件をひとつ発生させる。それからは成り行きに任せるというのだ。

  えぇ、そんなことできるのかなぁ?いくつかのプロットが重なり合って、最後の大団円の謎解きになるのに。まぁ、そこがプロの作家たるゆえんか。

  それを曲作りに置き換えてみると、なんとなく理解できる。とにかく最初のきっかけ、例えば一つのコードの響きだったり、フレーズのひとかけらがあると、それを膨らましたり、転がしたり、けとばしたりして曲というストーリを紡ぎだすことができる。

  そういえば、しばらく曲作りしてないなぁ。

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