2009年 2月 4日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉110 伊藤幸子 「みずはな」

 水涕(みづはな)や鼻の先だけ暮れ残る
  芥川龍之介

 
  寒も明けたが、2月は一番寒い月。インフルエンザもなかなか終息しない。うがい、手洗い、マスクと学校や医療機関などの呼び掛けで、町行く人々にもマスクをしている人が多い。それも新型の紙製の鋭角的なものが普及し、視界のおぼろな雪降りの中ですれ違ったりすると、ざわっと心が波立つことがある。

  これは芥川の非常に有名な句。昭和2年、35歳で没年ごろの作といわれ、亡くなる前によくこの句を染筆し、主治医にも短冊を送ったと聞く。「自嘲」と題し、「鼻」の作者の没年の句として読めば、何となく動物的なものの名残を感じさせて、あの深刻な顔写真の奥のユーモア性もうかがえる。みずばなを点じた鼻の先だけに焦点を当てて、惻々と寒さが伝わってくる。

  ところで、この句にまつわるエピソードを大岡信さんが興味深く書いておられる。氏は周知の通り、朝日新聞「折々のうた」を何十年と担当されたが、たまたまこの句を掲出したときにご子息の芥川比呂志さんより手紙が届いた由。それによると、「わがやでは『みずばな』と濁らずに『みずはな』と澄んで読んでいました」と書かれてあったという。それ以来、大岡さんはこの句を語られる際は「みずはな」と言うようにしていると述べられる。さすが、才人の語感の冴えに感じ入ることである。

  ついでながら、「ハミズハナミズ」という花がある。これをいつぞや上野の東京芸大の旧音楽学校の門のところで見たときは、思わず「葉見ず花見ず咲く径(こみち)ゆく」との即吟を得て、同行の方々との話が弾んだことだった。これは葉を見るときに花はなく、花見るときは葉のない「曼珠沙華」の異名である。

  芥川の名句はいっぱいある。その第一作は「落葉焚いて葉守(はもり)の神を見し夜かな」何と尋常小学校4年生、10歳の作というから恐れ入る。「木がらしや目刺にのこる海のいろ」「青蛙おのれもペンキぬりたてか」などつとに知られている。

  春立つ日、余寒なおゆきつもどりつ、ほろりとみずはなのこぼれそうな夕凍みが迫っている。


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