2009年 2月 6日 (金)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流へ〉94 岡澤敏男 幻のベーリング市は深海平原か

 ■幻のベーリング市は深海平原か

  ベーリング鉄道に描く仮想路線からみると、列車が臨時停止したのは千島列島を通過しカムチャツカ半島にさしかかった地点とみられる。

  当時の千島列島は日本領土で北海道庁が管轄していました。いちばん北端にある占守島(シムシュ)は海峡をへだててロシア領カムチャツカ半島の南端のロパトカ岬に接続し、停車した地点はこの岬の北方に位置するペトロパブロフスク・カムチャツキー辺りだったのでしょう。

  幻の都ベーリング市はもうちょっとのところでした。突然ピストルをつきつけた赤髭を先頭に、20人ばかりの男がてんでにピストルをかざして車室に乱入して来ました。あきらかにロシア革命軍のパルチザンです。

  ベーリング行超特急列車は完全にパルチザンにジャックされたのです。パルチザンのリーダーと目される赤髭男は乗客としてこの車両にもぐりこみ、車内の会話を盗み聞きイーハトヴの富裕な狩猟者タイチをマークしました。

  黒きつね(ロシアの資源)を略取する犯罪者であるうえ、カムチャツカ沿岸に「電気網」を仕掛けた違法漁者ともみなし、部下に命じて車外に拉致しようとしました。そのとき帆布の上着の青年が飛び上がって赤髭に挑み、ピストルをとりあげてタイチをパルチザンから取り戻したのです。

  ベーリング特急オペラはこの一瞬の逆転劇で幕となるが、幕切れにパルチザンに向って青年が述べた台詞にこのドラマの中心思想をみるのです。いうまでもなく黄色い帆布の青年は賢治の化身で尼港事件や日本の北樺太保障占領に対する賢治の認識がこの台詞に反映しているのです。

  すなわち〈おい熊(ロシア)ども、きさまらのしたことは尤もだ〉とパルチザンの立場を黙認し、〈けれどもおれたち(北樺太出兵)だつて仕方がない。生きてゐるにはきものを着なけあいけないんだ〉と自国の立場をも釈明し、〈あんまり無法なことはこれから気を付けるやうに言ふから今度はゆるしてくれ〉と、いささか頼りない約束ごとで幕を閉めたのは大陸政策への懸念を引きずっているものでしょう。

  この釈明が示すように、「氷河鼠の毛皮」は〈海賊船大輝丸事件〉を擬した列車強奪事件の童話ではなく、シベリア派兵↓尼港事件↓北樺太出兵を背景にした2幕構成の政治的風刺劇だったと私は理解しているのです。

  さて、この童話の最大の魅力は超特急ベーリング列車の発想でしょう。イーハトヴ駅から〈不思議な都〉ベーリング市まで敷設されるナゾの路線を空想するだけでわくわくします。

  たぶん賢治もしたように、地図上で日本列島から北極圏まで夢の超特急ベーリング行列車の路線を敷設してみました。イーハトヴ(盛岡)駅から津軽街道を青森まで、北海道を函館から知床まで、千島列島をたどりカムチャツカ半島に渡り、さらに北上してベーリング海に面するパハチ市に到着します。

  いよいよ終着駅ベーリング市駅をめざすが、賢治のベーリング市はいったいどこにあるのか。そのヒントを衛星写真から得たのです。

  ベーリング海のカラーグラビアに驚異的な深海平原が存在するのを気づきロマンを感じました。それは水深1000メートルの深海にオーストラリアを3分するほどの大平原で、カムチャツカ半島とアラスカ半島のほぼ真ん中を占め、しかもその西側にパハチ市が隣接しているのです。

  私は〈不思議な都ベーリング市〉を、このようにしてベーリング深海平原に夢想したのでした。もっとも、その当時は衛星写真もなく賢治はどのようにしてベーリング深海平原を察知したのか、それもまた楽しいナゾです。

 ■童話「氷河鼠の毛皮」より抜粋(5)

  ズドン。ピストルが鳴りました。落ちたのはたゞの黄いろの上着だけでした。と思ったらあの赤ひげがもう足をすくつて倒され青年は肥つた紳士を又車室の中に引つぱり込んで右手には赤ひげのピストルを握つて凄い顔をして立つてゐました。

  赤ひげがやつと立ちあがりましたら青年はしつかりそのえり首をつかみピストルを胸につきつけながら外の方へ向いて高く叫びました。
『おい、熊ども。きさまらのしたことは尤もだ。けれどもなおれたちだつて仕方ない。生きてゐるにはきものも着なけあいけないんだ。おまへたちが魚をとるやうなもんだぜ。けれどもあんまり無法なことはこれから気を付けるやうに言うから今度はゆるして呉れ。ちよつと汽車が動いたらおれの捕虜にしたこの男は返すから』

  氷ががりがり鳴つたりばたばたかけまはる音がして汽車は動きだしました。
『さあけがをしないやうに降りるんだ』船乗りが言いました。赤ひげは笑つてちよつと船乗りの手を握つて飛び降りました。


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