2009年 2月 6日 (金)

       

■ 〈宮沢賢治の盛岡高農時代〉10 小川達雄 入学宣誓式10

     六、続・学科試験

  動物及び植物の試験が午前十時に終わると、休憩時間なしで英語の試験が始まった。

  もともと賢治は英語の成績がよく、中学四年までの英語関係十科目のうち、学年末成績が八十点以上の科目は七を数えている。試験勉強もしないのに、それは素質的なものであったろうが、幸いこの日は標準的な出題(和訳は短文二、英訳一)に恵まれた。動物・植物に続いて、英語もほぼ満足すべき出来であったらしい。

  しかし、意外にも「国語及漢文」では、去年の作文と、そもそも「国語」の出題がなかった。受験生は、とんでもなくむずかしい漢文と、まるで見たこともない熟語の問題に、肝を潰したはずである。

  蓋人之常情謹于困苦而肆于安逸

  ここでは、問題文の最初(全体の八分の一弱)をあげたが、これに「句読点返点送仮名」をつけて解釈せよ、という。出典は『孟子』−盡心上−で、中学程度ではなかったから、思わずため息が出てしまう。

  蓋(ケダ)シ人ノ常情ハ困苦ニ謹ミテ安
  逸(アンイツ)ニ肆(ホシイママ)ナリ。

  書き下し文を記したが、これは漢文体の壮大な法華経全文を読んでいた賢治だけが、大体読めた、というところであろうか。

  去年の阿部孝たち、高等学校の問題は
   文天祥性豪華。平生自奉甚厚。
  こちらは内容が平易で、書き下し文は
  文天祥性豪華ナリ。平生(ヘイゼイ)自
  (ミヅカ)ラ奉ズルコト甚ダ厚シ。

  前以て句読点がついていたから、全受験生の正解率は五十%台なのであった。

  わたしは高農の受験生にひどく同情しているのであるが、しかし同じ農学二部に入った塩井義郎は、入学試験について

  「私は答案がよくできたと思ったので必
  ず入学できると確信した」(『思い出の
  山川思い出のまち思い出の人々』)

  と記していた。すると、漢文のことなどは小さいことで、受験生は〔そんなこともあるさ〕と達観していたのかもしれない。

  翌日の三月二十九日は数学から始まる。

  去年の算術はなかったものの、それは平面幾何・立体幾何・代数・三角法の標準的な七題で、賢治は補助線を引き、定理・原則から三時間たっぷり、全力で取り組むことが出来たであろうか。

  そして最後の物理と化学、二時間である。

  物理はまず摩擦と復氷の現象について、説明を求めていたが、高農には伝統的に、身近な現象を原理から考えさせる出題があった。これはなんとかこなしたとして、最後の、太陽スペクトルに黒点の現れる理由、というのは、教科書にその理由までの説明はなかった。これは×、であったか?

  化学は、なにせ実験を離れた勉強だけであったから、答えられない問題のほうが多かったはずである。ただし水素の製法三種については、これは開学以来六回目の出題であったので、過去問を調べていたのであれば、あるいは出来たかもしれない。

  かくして、入学試験は終わった。

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