2009年 2月 6日 (金)

       

■ 〈啄木の短歌、賢治の短歌〉124 望月善次 屋根への感情

 【啄木の短歌】

  おそろしき力をもちて落ちきたる屋根
  を支へて柱うごかず
  〔「石破集」、『明星』(明治四十一年七月)〕

  〔現代語訳〕恐ろしい力をもって落ちて来た屋根を支えて、柱は動かないのです。
 
  【賢治の短歌】

  雲ひくし
  いとこしやくなる町の屋根屋根
  栗の花
  すこしあかるきさみだれのころ。
      〔「歌稿〔B〕」172〕

  〔現代語訳〕雲が低く垂れ込めています。(その下の)大変生意気な町の屋根また屋根よ。これは、栗の花が少し明るい五月雨のころのことなのです。
 
  〔評釈〕話者が、「屋根」にある種の際立った感情移入をしている作品二首を取り上げたい。啄木歌が収められている「石破集」のころの啄木作品の一つの特徴は、「へなぶり」調を採っていたことである。「へなぶり」調であるから、「おかしみ」を含んでいるわけであるが、「おかしみ」は通常の見方を少しズラスところから発生する。しかも「へなぶり」であるからそのズラシ方は、少し「斜(はす)」に構えていることになる。「屋根」への着目が、抽出の意図であるが、この作品では、むしろ「見立て」の中心は、「柱」にあることは明瞭である。なるほど、柱は、「おそろしき力をもちて落ちきたる屋根」を支えているのである。賢治作品は、中学校卒業直後の浪人時代に対応する作品。「こしやく(小癪)」の「コ」は接頭語。もちろん、「屋根」が、客観的に「こしゃく」なのではなく、主観的に「こしゃく」に感ずる話者がいるのである。タマラナイ賢治がいるのである。
(盛岡大学長)

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